< 「東洋経済」のAmazo特集 >

 先週の「東洋経済」はAmazon.comの特集。最近は経済誌を読まない私も、久々にじっくりと拝読。その登場から数年間は「所詮、CDと書籍しか売れぬ中途半端な業態。ITバブル時の多くの企業のように消え去る。」と読んでいた産業界も、そのシェアの拡大と販売商材の裾野の広がりはもはや静観できないところまで来ている。

 小耳に挟んだところによれば、創業者のベゾス氏がインタビューにも答えて取材に積極的に強力しているのも、旧態依然たる日本産業界の流通システムへの宣戦布告だからとか。あながち嘘とも思えない。何故なら、筆者自身がAmazonを中心とするネット販売の発展のスピードに驚いたことがこの一週間であったから。

< その1-携帯電話でさえネットで買える >

 携帯電話の新規契約や機種変更は、携帯ショップや家電量販店に行ってするもの。それが世間の常識だ…と、ずっと思っていた。しかし、どうやらそうではないらしい。ネットでコストパフォーマンスの良い機種を選んで、割安に契約する。そういう時代になりつつある。

 同僚のAさんは大のモバイル好きだ。アップルのiPhoneやiPadはもちろん、アンドロイドの携帯やタブレットを8台ほど所有している。これに勤務先から貸与されている携帯端末とwi-fiルターを入れると10台!。もちろん、毎日10台持って歩いているわけではないが。

 これだけ保有していれば、さぞやコストがかかるだろうと思ったらそうではないという。何故ならば、端末はAmazonを始めとするネットで買ってしまうからだ。最新機種は無理だが、四半期型落ちのものならば新品が割安に販売されているという。さっそくAmazonを見ると、なんどドコモの純正の携帯が販売されている。しかも、発売当時に比べるとかなり格安なものがある。

 しかし、回線はどうするのか?。一本しか契約していないのでは?。

 笑って彼が言うには、MVNOがありますよ、と。簡単に言えば、機能や速度を限ってドコモの回線網を使う「第三の勢力」のことだ。有名なところはイオンの月間約500円、IIJの月間約1000円の回線がある。速度は通常の携帯の10分の1以下だが、文字や写真程度の画像を見る程度ならば、これで十分。主力の回線にしても、いずれの携帯会社もネットから契約の内容変更ができる。むしろ、ショップに行って、あれやこれやいらないオプションを付けさせられる手間もなくて楽ですよと言う。

 で、携帯電話も中古ショップがある。試しにネットで買って、使い勝手が悪ければさっさと売ってしまうのだそうだ。不人気機種であれば買いたたかれるが、割安だと思って買った機種はそこそこの値段で売れると言う。 

< その2-ニッチ分野がメジャー分野に >

 妻の趣味は「アートクラフト」。カリグラフィー(西洋書道)、カード作りなどの手芸・工芸だ。極度の肩こりのくせに、趣味の世界に入り込むと、6時間くらいぶっ続けでカードを作っている。同じ趣味を持つ仲間同士の交換会や教室があるので、そこに持っていくのだそうだ。もちろん、誕生日などの記念日には自作のカードを友人に送るのを忘れない。

 ところがこのアートクラフトという世界、まぁ、道具が星の数ほどある。カリグラフィーのペン、インキ、紙、様々な形のスタンプ、スタンプ台(インク)、綺麗な模様をくりぬくためのパンチ、背景を塗るペン、紙を切るためのカッター台、各種ハサミ…..。妻の机は完全に、漫画家のそれのようだ。

 中でも唸るのが、マスキングテープ。といっても、自動車塗装の時に車体に貼る工業用のものじゃないですよ。ウン百種類ものバリエーションを持つ、カワイイテープのことだ。こいつはカード作りにはもちろん、海苔の缶や菓子箱に数種類を上手に巻けば驚くような綺麗な物入れになる。有名なのは「mt」というブランドで、年に数回開催されるアートクラフトの展示・販売会では、限定品を手に入れようと殺気だって開場を待っている。

 で、ユニークなのは世界でも人気のある「mt」の製作会社。「カモ井」という企業なのだが、なんと元々は「ハイトリ紙」、つまりハエ取り紙を作っていた企業なんである。そう、昭和生まれには懐かしい、よく近所の市場とかおばあちゃんの家とかで天井からつるしてあった、ハエ取りリボンだ。

 ハエ取り紙の技術転じて、女性に大人気のアートクラフトのブランド。しかも、以前はその年に数回の展示・販売会でしか手に入れられなかったものが、ネット販売で手に入れる機会が増えている。

 「マーサ・スチュワート」と言えば米国のカリスマ主婦だが、彼女はこういう手芸の分野でも「マーサ・スチュワートクラフト」というブランドを持っている。有名なのはスタンプインクとパンチ。こんなマイナーなものは以前は手に入れにくく、東京などの限られた店で目の飛び出るような為替レートで仕入れられたものを買うしかなかった。しかし、今は米国Amazonから直接買えるし、米国住所を持たなければ発送してくれないものは、代行業者が一旦米国で預かって日本に転送してくれる。

 「誰がこんなもん買うの?」といったニッチな商品が、既にメジャー化する土台ができている。これもAmazonの功。

< その3-年賀状もネット >

 毎年、12月に入ってから年賀状をどうしようとバタバタするのは我が家の伝統。子供が小さい時は、必ず年賀状を意識した家族のスナップ写真を撮っていたが、それぞれがそれぞれの生活パターンを保ち、週末も親と出かけるよりは友達と遊ぶ方が楽しくなれば、年賀状にする写真もない。

 ということで、ここ数年はもっぱら印刷屋さんにネットで年賀状を発注する。パソコンが普及して、自分で作る方も多いのだが、なにせかにせプリンターで多色刷りをするとインク代金が馬鹿にならない。コスト面からも出来上がりからしても、印刷屋さんに頼むが楽。

 一方、写真現像のDPE屋さんはデジカメ&スマートフォンの普及で、非常に厳しい現実に直面している。なにせコンビニで写真が焼ける時代なのだ。だから、家族写真を入れた年賀状は年に一度のかき入れ時。今日もいつもは閑古鳥の鳴いているDPE屋さんに行列が並んでいた。

 ところが、この行列がくせ者。写真年賀状もネットで発注できるので、パソコンがいじれる人はそもそも店にこない。ネットで発注して、宅配便で受け取る。支払はクレジットカードだ。つまり行列を形成しているのは、ネットで発注できない人たち。なので、異常に時間がかかる。大体のレイアウトは選んできたものの、文字の種類やメッセージの内容、住所の確認などで一組あたり10-20分は費やしている。一時間で4-5組がこなせる限界。その間に諦めて帰ってしまう人多数。

 ネットで楽々と発注出来る人がメールではなくて年賀状を出すというのも面白い現象だし、ネットリテラシーがなければ年賀状一つ出すのに苦労する時代になったというのは何とも皮肉な話。

< 残るのは説明とホスピタリティ >
 
 何もかもネット。本やCDから始まったネット販売は、電機製品、衣料品、グローサリーへと拡大し、生鮮食品にも拡大している。そのうち、聖域であった取付工事の必要だった白物家電やリフォームまでネットになるのだろうか。
それは便利なような、あまり楽しい世の中ではないような複雑な心境。

 そんな中で、ある携帯電話販売会社の経営者が面白いことを言っていた。「その1」で述べたように携帯電話のネット販売、ネット契約はどんどん進み、携帯電話販売会社はシェアを奪われる可能性があるとのこと。ただ、二極化が進んでいるのだと。

 つまりアップル商品のように「説明不要」のものはメーカーが覇権を握り、やがて直販に切り替えていくだろう。一方、アンドロイド端末のようにまだ未成熟なものは、販売員とは別に購買した後の説明要因が必要であると。

 時間分析をしてみると、昔ながらのガラケーも、iPhoneも、アンドロイドスマートフォンも契約と販売に要するのは15-20分。しかし、ガラケーは契約後の取扱説明に約10分、iPhoneはほぼゼロ分しかかからないのに対して、アンドロイドスマートフォンは30-60分の時間を要するとのこと。そして、ここの説明が悪いと何かあったときの行きつけの店を変えられてしまうのだそうだ。

 また、衣料品をネットで買う人は、実は店舗でもアパレルを買う傾向が強いという。つまり、顧客はどの商品はネットで買うべきで、どの商品はリアル店舗で買いたいかを明確に意識している。ということは、逆に言えば、たいした説明も要せず、迷う喜びを店員と分かち会えない商材はどんなに安くても店舗では買わないということだ。

 そう考えると「これ、何ですか?」と聞きたくなる商材、商品がリアルで最も生き残るとも言える。加えて、ネットの口コミは有効ではあるが、「ステルスマーケティング」というヤラセの口コミが大量にネット上に流れていることも消費者は気付きつつある。

 質問すれば打てば響くように答えが返ってきて、共感を共有できる。多少の高い価格はその共感の対価であると思える。非常に単純なその一点が実はAmazonの踏み込めない世界だろう。「Amazonなんていつまでも赤字じゃん」と小馬鹿にしつつもいつの間にか使わずにおられなくなり、否定できなくなった自分にとって、「説明と共感」の対価としてリアルで買うという行為はさほどハードルは高くないように思うのだが。