《 感動1: iPod touch とBCLラジオ 》
 無条件に「脊椎反射」で欲しくなる物というのがありませんか?。私の場合、前にも申し上げた米国アップル社のマシンがそれです。iPodが出たときには妻には内緒で三台も買って、自分用、息子用、車載用と使い分けましたし、iPhoneが出たときには、またまた妻に内緒で自分用と息子用の二回線開通させてしまいました。このせいで電話代が月間16,000円も上昇してしまい、カード明細を見た妻に見事にばれ、大目玉を食らいました。

 銀座のアップルストアではパソコンのiMacの筐体をなで回してしまいますし、超薄型のiPod touchが発売された時は辛抱貯まらずヤフーオークションで競り落としました。アップルのマシンにまず「保有したい!」という魅惑的なオーラがあります。すばらしい質感に加え、ボタンがひとつしかないという人を食ったようなデザインが「これはボールペンと同じくらい簡単に使えるということかもしれない」という強いメッセージを発しています。

 「余談」で触れたSamsungのGyalaxy Tabも画面が大きく老眼に優しいため愛用してはいるのですが、なんというのでしょうか、所有の喜びがありません。無骨なプラスティック筐体にパソコンに繋ごうが繋ぐまいが関係ないというパソコンとの接続の悪さ。「アップルの製品なのに、ウインドウズパソコンと繋がる!。おぉ、アップルはウインドウズとアップルという超えられない川を越えた!」という感動をGyalaxy Tabは与えません。

 で、アップルの製品に近い感動を与えたものってあるのだろうかと、ふと周りを見回すと….ありました。「ナショナル PROCEED2800」。1970年代に発売された短波ラジオです。当時では画期的なデジタルディスプレイの周波数表示、ラジオを聞くのに調整されつくしたスピーカー、そして何よりも飛行機のコックピットを思わせるような様々なスイッチやダイヤル。30年以上経った今でもiPod touchと同じように私の部屋で光り輝いています。日本メーカーが輝いていた時代は確実にあったし、それは今も通用するようなプロダクトだったのですね。

《 感動2: 店員が腕立て伏せする居酒屋 》
 友人と六本木に飲みに行きました。リーマンが破綻してから六本木の街に行くことはなかったので、どこに行こうかと迷ったのですが、プレミアム焼酎をやたらに安く飲ませてくれた記憶のある洋風居酒屋にしました。そこしか知らなかった物ですから。

 ただ、この不景気の3年間。果たしてやっているのだろうかと恐る恐る電話をすると、出た!。「えーと、まだやっていますか?」と聞くと、憮然と「やっていますよ」の答え。ではこれから五分で行くので二人で、と電話は切ったものの、以前のイイ雰囲気は残っているのだろうかとかなり心配になりつつ店へ。

 二階・三階に分かれたお店なので、まずは二階をそうっと覗くと店員が一人。予約した旨を伝えると、こちらへどうぞと席に案内してくれるのだが、どの席にも薄茶色の液体が入ったジョッキが。これは全部誰かの飲み残しじゃないのかと、ちょっと不快になったのですが、飲んだ形跡がない。おしぼりを持ってきてくれた店員さんに聞くと、「酔いを調整できるように、常温のお茶をサービスで提供している」のだとのこと。なるほど、なかなか気がつく店なのであります。

 で、お約束の最初はとりあえずビールと軽いおつまみにして、二杯目の注文。私は焼酎、友人は日本酒を頼んだのですが、「これでもか!」というほどグラスに店員さんが無造作に注いでくれた後、その酒瓶をテーブルにおいていくのです。しかも、その酒瓶は隣席との仕切りのタペストリーに隠れて店員からは見せません。こっそりグラスに足して飲んでもわからないのでは?。持って帰るのを忘れたのかなぁと、周りのテーブルを見ると、「森伊蔵」だの「佐藤」だの「村尾」だののプレミアム焼酎が無造作に客のテーブルに置かれています。料理を持ってきてくれたときに、思わず「こんなことしていると勝手に飲んじゃうよ」と冗談を言ったら、「そうですね、それもいい考えですね!」と笑う店員さん。たぶん、そういう不心得者がいることも承知なのでしょう。

 酔うほどに話題は仕事の話から社会情勢、そしてこの奇妙な店の話に。これで果たして儲かるのだろうかという経営者である友人の心配の一方で、ここまで徹底して顧客を信じるというのもまた一つの見識だよね、と二人の結論。そんな時、友人の肘が何かにカチンとあたりました。何かと思えば「ウコン粒」の大瓶。体のために自由におのみくださいということのようです。これにはちょっとこの奇妙な店に懐疑的だった友人も感動。「これさぁ、イタリアとかフランスとかだったら、鞄に入れて持って帰っちゃうよ。すごいなぁ。」と。確かにウコン粒どころか、プレミアム焼酎、プレミアム日本酒、プレミアムワインの瓶なんか総ざらえで万引きされちゃいそうな店です。しかし、それをあえてやるところがこの店のメッセージでしょう。

 19時からスタートして23時までの長っ尻。しかも、ろくに注文もしない我々に、「サービスです」と殻付きアーモンドやら干しぶどうやらを差し入れてくれる店主に感謝しつつ、タイムアウトでお会計。安い!。いい気分でエレベーターに乗ったら、「これをどうぞ」と店で出していたパンをお土産に。うーん、こりゃ、すげぇ店だなあと友人とエレベーターの中で話をしつつ、扉があいた瞬間!。そこで腕立て伏せしている男が。なんじゃいなと思ったら、今、見送ってくればたかりの店員がいるじゃないですか。どうやら、階段を駆け下りて待ち伏せして、腕立て伏せしていたらしいのです。「あ、ども」と何事もなかったように立ち上がって笑う彼に完敗です。すごい。プロダクトではないサービスの感動って、こうやって作れる物なのだとしみじみ思った次第です。

六本木4-8-3、薫風花麗(くんぷうはなれ)。六本木でお店に迷ったら行ってみてください。

《 感動3: 二年間メールを打ち続けるクラブ 》
 前の職場の時は、お客様の接待で、いわゆる「クラブ」なんていうところに行くこともありました。もちろん、財布役の営業マンがついている時だけですが。

 で、席についてくれるホステスさんはノルマがあるのでしょうか、皆、名刺を欲しがります。ただ、会社の業務用のメールに営業メールをもらっても困るので、そういう時はたいてい個人の携帯電話のメールアドレスを教えます。本当は教えたくないのですが、教えない教えないというのも野暮なことがあるので、しぶしぶ教えたりします。

 とはいえ、たいていは一度、二度メールが来て、返信しないと自然に来なくなるものです。しかし、二年間、ほぼ毎日メールを送ってくるホステスさんがいました。文面は短いのですが、私の個人名が入っていたりして、少なくとも一斉同報送信ではない。すごいなぁと思いつつも、個人の軍資金で行くようなところでもなし、ごくたまに返信を書くぐらいだけで店には行ってなかったのです。

 そんな状態の中、私の友人が役員さんに昇進しました。大変な苦労をしての役員昇進なので私は我がことのように嬉しくて、一次会で帰るといういつもの彼との不文律を忘れて二次会に誘ったのです。とはいえ、二次会でお祝いできるようなところはわからない……じゃあ、メールをくれているあのホステスさんのところに行こう!。

 到着した店では彼女はただのホステスさんではなく、雇われママとして店を取り仕切っていました。決して若さだけで勝負できる年齢ではないはずなのに、相当な維持努力をしているのでしょう、見ると目がつぶれるのではないかと思うほどの華やかさ。そして、最初の一言が「××さん(友人の名前)、おめでとうございます。わたくしからお祝いをさせてください。」と出てきたのがボトルに金文字が書いてあるシャンパン。思わず頭の中で「来月のカード決済が怖い」とつぶやくわたくし。それでも、いつもと違って華やかな女性と一緒に飲む美酒は、友人のはじけるほど嬉しそうな顔と相まって、気持ち良い酔いの中に入っていくのでした。

 そこで驚いたのは、その友人にも二年間ずっと彼女はメールを送っていたこと。別のホステスさんに聞いたところでは、だいたい一日に会う一見のお客さんは10~20名だそうですから、そこからアドレスを聞き出した10人にメールを送るとしても10人×稼働日200日で2,000人の新規顧客に常にメールせねばなりません。加えて既存顧客、上得意顧客。このママさんは果たして寝ているんだろうかと心配になります。

 しかし、だからこそ、20歳そこそこで働き始めて、数年で今の地位を得たのでしょう。「新規顧客開拓と既存顧客の関係維持」、ビジネス教科書ではわずか数文字で終わるこれをきちんとやっている彼女こそビジネススクールで講義すべきではないかと思うのですが。

《 代金は感動に対する投票 》
 そう考えると、それがアップルのiPodであれ、ナショナルのBCLラジオであれ、六本木の居酒屋であれ、クラブであれ、感動に対する対価としてお金という投票権を支払っているのだと改めて感じます。そして、どこが感動を与えてくれそうかということをヒトは記憶から必死に呼び起こし、携帯電話には数十件の店の電話番号が入っているのに、その一件を探し出し、「やっぱり行ってよかったね」と言ってほろ酔いで帰宅するのです。

 なんだかとてもまっとうなことが、まっとうに評価されている消費流通サービスというこの世界がますます好きになっております。

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