▼ リアル書店の業績が厳しいのはコロナ禍の遙か前からだ。前職で無店舗販売、カタログ通信販売企業の担当をしていたからか、大手印刷会社の担当者から「書籍用の倉庫を通信販売の物流センターに使って貰えないか」という相談を受けたことがある。ことほどさようにリアル書店の経営は厳しい。

▼ しかしながら、そこでなければ味わえない経験が詰まっているのもリアル書店だ。それは時間つぶしに何の気なく書店に入って、買うつもりの毛頭ないジャンルの書棚でふと目にとまった書籍を引き抜いてパラパラとめくったところ、衝撃的な内容に目が吸い付けられる時だ。

▼ 一昨日、池袋のジュンク堂の最上階、文化ジャンルの書棚で見つけた「愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家」がまさしくそれだった。飲み会までの時間つぶしに入っただけなのに、2時間立ち読みをして、結局購入したのだから、良書の力は恐ろしい。

▼ 同世代ならばタイトルで気が付くだろうが、そう、あの著名な音楽家夫妻の家系がひとつのモチーフになっている。そしてもうひとつの家系は、私にとってはお台場のヴィーナスフォートや六本木ヒルズなどの森ビルの商業集積を作り上げた方のお名前と同じ名字だ。実際、文章中にはその懐かしい方のお名前が出てくる。自分の好きな音楽と、生業としていた流通業の関係者がここで邂逅するとは!。2時間立ち読みも当然だろう。

▼ この二つの家系の詳細は実際の書籍の内容に譲るとして、「思想と文化と政治」は、相反するものでも排他するものでもなく、むしろ非常に密接な関係にあるのだということを教えてくれる本だ。松任谷という名字から興味を持って読んだ人にとって夫妻の話がいつ出てくるかと心待ちに読み進めるが、実際に二人が出会う前の膨大な音楽の知識とエピソードには目眩がするほどだ。

▼ そしてもうひとつの頭山家とその人々の存在は、今のポリティカルコレクトネスが跋扈する日本では若干話しにくい内容のことを書いてある。それをある人は右派、右翼思想、国粋主義と呼ぶかもしれないし、ある人は近代日本~太平洋戦争後日本のレゾンデートルに対して一石を投げると言うかもしれない。「玄洋社」と言えば、アッとわかる人にはわかるだろうし、そこに吉田、岸、池田といった首相や大隈重信の片足を失った爆弾事件、そして果たして日本は本当に独立国なのかというところに思考は次々に脳内を駆け巡る。そういう本だ。

▼ 音楽人と政治家だけでなく、堤清二、児玉誉士夫、三島由紀夫、川端康成などなど多くの人々がこの二つの名家に絡み合い、それはまるでフィクションの世界のようだ。しかし、一部の挿話はあるにせよこれはノンフィクションで或る。2017年初版の時期にはまだ三島と全共闘のドキュメンタリーも公開されていなかっただろうし、吉田拓郎が歌の世界から引退することも明らかになっていなかったはずだ。しかし、それらを予感されるすべてが本書には揃っている。そのことも素晴らしい。

▼ 確かにドキュメンタリー、ノンフィクションというには乱雑だし、一つ一つのエピソードの書き込みが浅い。しかし、それはこれだけのものを盛り込んだのだから商業出版で出すのは無理というものだろう。いわば、関川夏央の夏目漱石と明治論を「坊っちゃんの時代」で短縮化しなければ鳴らなかったのと同じだろう(そして「坊っちゃんの時代」は谷口ジロー逝去の後、更なる輝きを増している)。

▼ 筆者はFM東京のプロデューサーと聞き、仰天する。そして納得する。彼の部下が頭山家の方であり、倉本聰にそのことをふと話したところ倉本聰が椅子から転げ落ちたという。文化と思想と政治は常に相互に連関することをまさしく解き明かしてくれたのが、今や、再度息を吹き返しているラジオメディアのプロデューサーというのが痛快ではないか。

▼ いずれにせよ、本書は恐るべき昭和史だ。NHKの「ファミリーヒストリー」はこの本からヒントを貰ったのでは無いかとさえ思う(放映開始時期を考えればそれはあり得ないが)。一冊保有して絶対に損をしない書籍、そしてここから次々に思考を連鎖することができる名著。それでいて、入り込みは肩肘張らずにすっと読み出せる本。それが本書だ。★五つ。

「思想と文化と政治と(或る一冊を読んで)」への4件のフィードバック

  1. 何と魅力的な情報と思い一気に読ませて頂きました‼️
    守備範囲が滅茶苦茶広い‼️と感心するばかりです。
    中国のも読ませて頂きました‼️
    これからも楽しみにしています‼️

    1. 藤井さん、有り難うございます
      目的なしに入った書店こそ面白い本を見つけてしまうと言うのは不思議な現象です。
      それにしても松任谷家という音楽を想起させる名字が、国粋主義を生んだ玄洋社の頭山家に繋がるというのは、芸術と政治が奥深いところで繋がっている印象を与えます。
      著者がFM東京のプロデューサーでいらっしゃり、後輩に頭山家の方が、仕事で松任谷家の方がいらっしゃると事から気づかれたのでしょうか。
      こういう「繋がり」「縁」にとても興味があるので、とても素敵な一冊でした。
      これからも宜しくお願い致します。

  2. 最近はもっぱらのアマゾン派です。
    でも、立ち読みの楽しさは食品ズーバーや百貨店での買い物の楽しさがありますよね。
    まずはスーパーでは入口の青果売場のステージ。ここは食卓のインスピレーションにつなげる、というか、買い物モードのためのスイッチを入れてくれる場と考えています。

    ですから、季節感であるとか商品のうんちくであるとか、「へぇ」「なるほど」というような感じられる売場が好きです。

    百貨店でいったら、メインステージ。
    このマネキンはどういう人で、これからどこへ、何しに行こうとしているのだろうか。また、このバッグはいつも使っているのだろうか…………。

    などなど、妄想させてくれる楽しさがあります。

    個人的には、書店も同じです。
    売場の編集の仕方、書籍のタイトルの衝撃性など、思わず手にとってしまいます。

    またレイアウトはチェックポイントかもしれません。
    選ぶ楽しさ、というか、銀ブラならぬ本ブラですかね。
    そんな中での書籍との出会いは感動ものですよね。
    この衝撃は、スーパーや百貨店などでの買い物より数段上回るものがあると思います。

    とはいっても、どうしてもネット購入したゃうんですよね。
    最近ではコロナの問題、ネットの優位性などいろいろリアル書店には不利な要素も大きいですが、リアル以上にネットの方に「書籍店感」があるように思います。

    おそらくネットはリアルをベンチマークして完璧に凌ぐ存在になってしまったのかもです。

    今度は逆かもですね。
    リアル書店がネット書店をベンチマークする、あるいはまったく別の視点から新しいサービスを作り上げるか?

    いずれにしても、リアル書店の「新しい物語」にであってみたいですね。

    すみません。長々とまったくの雑感でした。

    1. 玉木さん、有り難うございます。
      私もネット書店派で便利に活用させていただいていますが、最近ちょっと食傷気味….になっているんですよ。
      書店の醍醐味は、全く意識しないで書棚を見ているときに「あ、これ何?」と手にとった本が自分にとって大きな存在になる可能性がある一冊だということですよね。
      ネット書店にはなんだかそれを感じないんです。色々と推奨をしてくれるものの、手に取って読めないので、受け流してしまいます。
      コロナ禍はリモート会議やリモート飲み会などの「会わなくてもできる」という新しい文化を与えてくれ、物理的や時差で会えない人と気軽に話をできるのは素晴らしい事です。
      一方で、会って話した時の話題の広がり感、言葉以外のしぐさや笑顔、突然話題が飛んだりすることなど、心がほっこらします。
      リモート飲み会とお店での買い物、本質的には似ているような気がしますね!

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