▼ 先日、録画したまますっかり忘れていたNHKBS1の番組を見た。ヤフージャパンの故・井上社長、Winnyを開発した金子勇のドキュメンタリーだ。ヤフーは既に米国では無いに等しい存在だが、日本のサービスは依然として強烈な力を持っている。そしてWinnyは著作権法違法幇助の罪をかけられた金子勇が長年の裁判で勝ったあと急死し、今は忘れられた存在になっている。

▼ GAFAと呼ばれる大手ネットサービスは彼らのサーバを通して色々な情報のやり取りをしている。YouTubeやGoogleの色々なサービス、Amazonの電子書籍すべて彼らのサーバが握っている。だから、彼らが「やーめた」といえば、その瞬間、そのサービスとデータは消える、綺麗さっぱり。僕が懐かしい漫画を電子書籍で揃えようと思いつつも、躊躇しているのはそれが理由だ。これまで何社もの電子書籍の会社がサービスを停止し、特にヤマダ電機は酷く、購入した書籍データを事業譲渡した先で閲覧できなくなった。泥棒である。

▼ Winnyは根本的にサーバという発想がない。peer to peerというけど、要するにパソコン同士が情報をやり取りする。そして情報をバスケットボールのボールのように別の人にパスすれば、あらゆるパソコンに情報・データを移行できる。そしてその情報がどこにあるかも検索できる。コロンブスの卵だけど、サーバという中央政府がいない、完全な民衆だけによるネットワークシステムだ。

▼ Winnyが開発されたのは2002年だが、同じ発想で開発されたブロックチェーン(意味は違うがビットコインといった方が分かりやすいかもしれない)がサトシ・ナカモトによって発表されたのが2008年で、マウントゴックス事件などブロックチェーン・ビットコインでの大きな事件が起きて話題になったのが2014年。つまり、今や世界を巻き込んで研究が進むブロックチェーンが発表される6年前に金子はWinnyを作っていたのだ。そのドキュメンタリーで、2ちゃんねるのひろゆき氏は、「あれがあのまま展開されていれば、日本が世界のIT界において持った力は圧倒的となったでしょうね」と淋しげに語った。

▼ 話はいきなりコロナ給付金に変わる。毎月一回、共通の趣味を持つ人たちと最近の出来事について四方山話するリモート談話を行っているのだが、そこでコロナ禍の話になった。特に飲食店の業績は厳しく、あちこちが閉店していて大変だという話題が出て、飲食店のオーナーはどうされているのですか?と参加者の税理士に聞いた人がいたが、答えは予想を裏切るものだった。

▼ 税理士曰く、「実はそんなにダメになっていないんです。きちんと帳簿をつけて、税務申告をして、雇用している人に雇用保険や社会保険を払っている「きちんとしたことをきちんとやっている」ところは、もの凄く早いスピードで当局から補助金や給付金を得ていますよ」と。加えて、一律支給の給付金も多いため、自分で店舗兼住宅を持ち、ランチが事業の中心で、夜はせいぜい近所の人がビールを飲みに来て夕定食を食べるくらいの飲食店だと、時短を守れば支援金で黒字なのだと。で、1年以上経ったことでその支援金や給付金も相当な額になっており、それによって不動産や高額消費をしている人が結構いると。勘違いしてはいけないのは、彼らは一切不正をしておらず、それどころかきちんとしたことをしているから、そうなっているのだと。

▼ そしてその税理士さんは講付け加えた。「テレビを見ると給付金貰えないとか、支援してくれないとか、国が悪いと言うけど、きちんとしたことをきちんとやってきた人に国はスピーディーに手を差し伸べてます。手を差し伸べてくれていないのは、税務申告もしなければ、雇用した人の保険料も払わず、なぁなぁでやってきた人たちなんですよ」と。うーん、なるほど。

▼ Winnyと給付金、全く違うようで、似た点がある。それは「本当に日本という国が劣化していると言えるのか」という問題を突きつけているということだ。メディアは常にセンセーショナルで、ネガティブで、暗いところを取り上げたがる。こんなに可哀想な人がいるんですよ、と。確かにそういう人がいることは認める。でも、日本ってそれだけなんだろうか。良いところは本当にないんですか?。GW中は外に出ないでと言われながらも、密を避け、マスクをし、手の消毒もしながら、家族連れで木陰でアイスを頬張り、でも、旅行は我慢しようねといっているこの国のどこが民度が低いのだろうか。おおよそ数ヶ月、下手すれば一年間ろくすっぽ休みも寝ずに患者を診ている医療従事者がおり、ネットで物を頼めば届けてくれるトラックドライバーがおり、リモートではどうしても契約に至らないからと電車に乗り通勤し、会社に出ている人がいる。それでもテレビはまるで明日日本が滅びてダメになるように言う。滅びてダメになるのは君たちなんじゃないか?

▼ Winnyと給付金、日本の良さを見るときに、それを感じられないのはやはり人と組織という一つ前の風待食堂の書き込みになるのだろう。「まつりごと(政治)など、もう問わないさ」と歌ったのは吉田拓郎だが、やはり現政権のグダグダさは批判に値するだろう。誰が悪者で、誰がいい物なのか。いや、もう少しマイルドに言えば、誰が責任をとり、誰が誉められるべきなのか。それを僕らは考えるいまこそ考えるべきなのだろう。

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