今回は、少し視点を変えて、これからのビジネス・シーンにおいて、どんな資質が重要となるかを考えてみたい。

近年、私たちを取り巻く社会環境は目まぐるしく変化を続け、予測困難で複雑性が増す状況下においては、既存の価値観やビジネスモデルなどが通用しないといったまさに「VUCAの時代」であると言われている。

VUCAとは、既にご承知のとおり「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字が由来であり、もともとは米軍で唱えられていた軍事用語である。

こうした環境下においては、迅速かつ臨機応変な状況判断と意思決定により、想定外の事態や流動的なシチュエーションにおいても、すばやく柔軟に行動することが重要であると考えられており、そのためには「OODAループ」と呼ばれる新しいフレームワークも注目を集めてきた。

「OODAループ」については、しばしば「PDCAサイクル」と比較されるが、両者の本質は異なると同時に、どちらが優れているというものではない点に留意する必要がある。

規定の前提条件下で「Plan(計画)」から始める従来の「PDCAサイクル」に比べ、計画を起点にするのではなく、起こっている事象を「Observe(観察)」するところからスタートする「OODAループ」は変化に対し、より柔軟かつ迅速な対応が可能な思考法と言われている。

じっくり計画を立ててから行動に移す「PDCAサイクル」は定型業務の改善等に適したフレームワークであるのに対し、的確な状況判断に基づく迅速な実行を目的とした「OODAループ」は意思決定に適したフレームワークであり、不確実性や曖昧性の高いVUCAの時代においては「OODAループ」に基づく意思決定を行うことが望ましいとも言われている。

また、ビジネス人財に求められるスキルとしては、次の4つが重要な要素であるとも考えられている。

・的確な判断力に基づく意思決定とアジャイルな対応

・変化に応じた臨機応変な対応や柔軟性

・ダイバーシティ&インクルージョンを支えるコミュニケーション能力

・正解がない中での最適解を導く問題解決力

ここで、上記のスキルを考える上で、IQとEQといった側面から論じてみたい。

IQとは、Intelligence Quotientの略称で、知能を数値化したものを示しており、知能を単なる知識や学力ではなく、あらゆる場面で効率的に対応できる基礎的な能力とみなしていることが前提となっている。一方でEQは、正式名称であるEmotional Intelligence Quotientを略したもので、自分と他者の感情を認識し、自分の感情を状況に合わせて上手に制御できる能力を示し、「こころの知能指数」とも呼ばれている。

EQ(Emotional Intelligence Quotient)理論は、EQグローバルアライアンスの研究開発顧問でエール大学エールカレッジ学長を務めるピーター・サロベイ博士とニューハンプシャー大学教授のジョン・メイヤー博士によって提唱された理論であり、彼らが着目したのは、心理学の立場から、ビジネス社会における成功要因とは何かを探ることであった。

そもそもアメリカでは能力主義が重視される中、能力指標のひとつとして修士や学士といった学歴の高さ、すなわちIQ(Intelligence Quotient =知能指数)が高い人財がビジネスでも成功すると考えられてきた。しかしIQが高いことが、必ずしもビジネス社会で成功できることとは結びつかず、成功のためにはIQだけではなく、何か別の能力も必要であるのではといった仮説を立てることとなった

両博士が、この仮説に従ってビジネスパーソンを対象として広範な調査を実施した結果、「ビジネスで成功した人は、ほぼ例外なく対人関係能力に優れている」ということが明らかとなった。

すなわちビジネスに必要な能力には、IQやスキル、業務知識や経験など、様々なものが考えられるが、同時に優れた人財はこれらの能力に加えて、仕事に対する高いモチベーションや、相手の気持ちを理解し、行動できる能力を持ち合わせているということであった。

両博士によるメイヤー・サロベイモデルにおいては、次の4つのブランチが提唱されている。

・感情の識別 ‐ 自分自身の感情と相手の感情を認識・識別する

・感情の利用 ‐ 問題・課題を解決するために感情を利用する

・感情の理解 ‐ 感情がどうして起こり、どのように移行するかを理解する

・感情の活用 ‐ 望ましい行動をとるために感情を活用する

このように、感情をうまくコントロールし、利用できることがEQを高めることに繋がり、まさに「VUCAの時代」におけるビジネス・シーンにおいては、対人関係の円滑化、コミュニケーションの質向上、メンタルヘルス対策、リーダーシップの向上、及び組織風土の改善等、様々な点で大きく寄与するものと思われる。

また最近では、EQはビジネス視点での議論にとどまらず、健康水準、幸福度といった観点からも研究が進められており、EQを高める(感情をポジティブな方向に導く能力を磨く)ことが健康や幸福度の向上に繋がるとも考えられている。さらにEQは抽象的な精神論ではなく、神経科学にもとづく開発可能な領域という意見も示されている。

最後にEQ理論において、EQは「心の知能指数」すなわち人間力であり、IQが「学問的な知能指数」であると考えると、まさに司馬光が諭した「徳」と「才」との関係に類似している。

「西洋の科学的理論」と「東洋の哲学的思想」が、時代を超えて同じ知見を導くという点では非常に興味深い。

                                      (井本 幸一)

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