• AIが消費生活に大きな利便性をもたらすという意見は増え続けている。物流の効率ルートの割り出し、資金繰りと売上に合わせた適性在庫水準算出、市場調査の自動化などなどなど。Amazonなどが導入している商品推奨システム「AIショッピングアシスタント」については先日、本コラムでも触れた。ただ、あれから「AI Refus」を使っているかと問われると、相変わらず商品レビューサイトやYouTubeでの購入体験ばかり見ているのだけど。
  • そんな中、先日あるセミナーで教えて貰ったのが「AIエージェント・コマース」だ。これにはたまげた。なんと、「ほしい」と思う商品を入力すると、1)AIが複数店舗やサプライヤーから最適条件を割り出し、2)決済まで完了する、というサービスだという。端的に言えば、消費者もう比較検討する必要がない。そして何よりもこうなると顧客は消費者ではなくAIだ。AIは目新しいキャッチコピーやCMといった感情に訴える部分を捨象し、消費者望む条件への最適化だけを冷静に行う。
  • このため、Salesforceのブログによれば三つのリスクがあるという。1)リテールメディアの広告の限界(CMやキャッチコピーに左右されない)、2)従来型ECサイトでの購買が減り収集データの質が変わる、3)購買機会をどう配分するかがブラックボックス化する。AIエージェントは各エージェントの学習データやモデル設計に依存するため、モデルごとに評価視点が異なり、購買のガイドラインや固定的な評価軸が存在しない。あるのは、「今の状況をどう解決すべきか」という相談への対応力だけだ。
  • 顧客の問いかけにAIが最適な商品・サービスを選択し、決済・配送までしてくれるのは一見、消費者にユートピアだ。なによりも洪水のようなCMや購買勧誘を無視して、「なるべく自分の希望に沿った」買い物をできる。それに使う手間も時間もコストも最低限となるだろう。うん、確かに革命的だ。
  • ただ同時に思うのは、人間がCMやキャッチコピーなどの「感情的判断」を排除し、より短時間の合理性を求めることが本当に人間にとって幸せなのかということだ。もう一段踏み込めばそこまで生活を効率的にすることで得られるものは何なのか、という疑問だ。筆者はあと二年で65歳となり、年金受給が始まる。昔風に言えば、「ご隠居さん」になる。ところが、最近感じるのは「ご隠居さん」になって、働く義務がなくなった時に、自分は何をするのだろう、何に時間を使うのだろうという漠たる不安だ。何もしなくてもいいということは、社会における自分のレゾンデートル(存在意義)が消滅するということでもある。Aiエージェントコマースの「何もしなくても効率的に欲しいものが目の前に現れる」ということは、その漠たる不安に近い感情を呼び起こす。
  • 昭和に地方で生まれ育った筆者にとって「クルマ」は生活必需品であり、また友人との遊びやカノジョを獲得するための必須アイテムだった(残念ながらカノジョは得られなかったが)。だから親しい知人とのメールのやりとりの半分は、事業に関する情報交換でなくクルマの話だ。やれA社のディーラーの対応が悪かったの、B社の新型車の排気音は胸躍るだの、年をとったら高度な安全装置一択だだの、都心では普通自動車ではなく軽自動車の小回りの良さが値千金だの、その話題は尽きることがない。そこには「感情的判断」をあえて楽しむ自分達がいる。
  • また、スーパーでセルフレジやセミセルフレジの導入増加で効率が改善している。最初はなんとなく慣れなかったセルフレジでの買い物も、慣れてみると案外便利であることに筆者も気づきつつある。しかし一方であえて数少なくなった対人レジを選ぶ消費者も少なくない。特に高齢者だ。セルフレジの使い方になれていないこともあるが、対人レジでの店員さんとの何気ない会話を楽しみにし、一日の活力としているケースはしばしば見る。最近はさらにこれが発展し「スローレジ」「ゆっくりレジ」と言う会計に時間をかけることを顧客サービスとする小売業が出てきた。オランダやフランスでは、なんと、「世間話専用のレジ係」がいる店さえ登場した。そして総じてこれらの評判は高く、顧客である高齢者もあえて「ちょっと多めに」買い物をして気配りする人もいる。
  • Aiエージェントコマースとスローレジ。丸っきり正反対のものを目指しているようだが、筆者はそうは思わない。「顧客が欲しいと思うものを理解しようとし、そのために出来うる限りの資源(リソース)を使い、顧客支持を得ることをどれだけしているか」という点では両者とも、その目的とすることは同じだ。だから表題に答えるならば「ユートピアをもたらす」だ。ただ、「ゆっくりレジ」もまた「ユートピア」をもたらすだろう。ここが面白いところだ。
  • AIに関しての見方は世間では二分されているように思う。一つは生活の利便性を上げ、これまで膨大な時間と労力を必要としてきたことを効率化する夢のツールという解釈。そして一方でAIは人間らしい領域にまで足を踏み込んできて、その高度なビッグデータと計算力で人間性を「疎外」するという見方だ。ただ、AIエージェントコマースの一方でスローレジが準備され、またAIに色々と問いかけてもしばしば「ハルシネーション」で虚偽の回答を自信満々で答えてくるAIの限界も、これだけAIアルゴリズムのバージョンが上がっても消えないことに私たちは気づきつつある。結局は「何が本質」なのかを我々当事者が掴むことなのだろう。
  • 「来週のキャンプ用に予算3万円で道具一式揃えて」という課題をAIエージェントコマースに託そうが、店頭で探しに行こうが、その本質は「来週、キャンプに行くことの楽しさ」である。それを勘違いしなければ、火をおこすのにマッチを使うかライターを使うか火起こし棒を使っても根本的な問題ではないのだろう。

        (了)

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