▼ 随分と執筆をご無沙汰してしまった。業務が立て込んでいたり、東京五輪のアスリートの活躍に目を奪われていたせいもあるのだが、なんと言っても、このグダグダで意思決定できない日本という国の情けなさに何も書けなかったというのがホンネ。1-2ヶ月、なんとも言えない気分の重さが残っているのは、そのせいか。

▼ 具体的な背景はなんと言ってもコロナ禍に関する多くの意思決定者の無能さだろう(全員とは決して書かない。とてつもないリスクをあえて背負ってくれている専門家や意思決定者も大勢いる)。先日、医療関係に従事している親しい友人とアクリル板を挟んで久々にお茶を飲んだ。ここぞとばかり、色々と聞いたのだが、要約すると下記が彼の考えである。

▼ ①医療に絶対安全・絶対有効はないため常にリスクとリターンをどう測るかで採用・非採用を決める、②ワクチンもアストラゼネカが悪者になっている理由は10万分の1の確率で血栓ができる可能性があるということだけ、③ファイザー・モデルナのワクチンがなくて接種出来ないのであればアストラゼネカを使って抑制に向かう方がリスクよりリターンは高い、④そもそもはっきりしているのはコロナは弱毒性であり、その毒性の低さはインフルエンザや他の疾病で治療を受けても死亡する数の方が多いことを見てもわかる、⑤感染者数がこれだけ増加しても死亡者数が少ないことは毎日テレビで流されることを見ればわかる、⑥医療(メディカル)は自然科学であり数字で検証されたことをファクト(事実)として把握すべきだがメディアの情報は部分的なエモーショナル(情緒的)情報ばかり、⑦ただ科学的ファクトは理解するのに一定以上の知識がいるがエモーショナルは不要なのでそこに流される、⑧コロナ禍の中で「民度」という言葉を使った政治家がいたが実は日本の「民度」は落ちているとしか思えない。

▼ 内閣や政治家や各団体の意思決定者が一生懸命やろうとしていることはわかるが、それにしてもレベルが低すぎる。小池百合子都知事は「若い人もワクチンを打つようにしてください」と発言したそうだが、「そのワクチンがないんだよ」「予約とれないのにどうやって打つのか。それを用意しなさいよ」と猛攻撃をSNSで食らったそうだ。まさしくその通り。妻は私と同じ年代だが、葉書は来たけど予約が取れず困っている。あちこちでそういう話を聞く。

▼ 個人的な意見だが、開業医の団体である日本医師会にしたって、言いたいことはゴマンとある。今、開業医、町医者に行くと「熱のある方は保健所に問い合わせて下さい」という張り紙が必ずしてある。コロナ感染を広げないための施策であることはわかるが、逆にそれが理由でかかりつけの患者が来院せず収入がおちているクリニック、病院、医院も少なくないと聞く。だったら、そもそも開業医もコロナ患者対応をしている中核病院や大型医療施設に行って手伝えばいいではないか。しかし、医師会のスポークスマンの話に「じゃあ、私達も手を貸しましょう」とは一言も出てこない。せいぜいが、接種手伝いをすると相当なお手当が頂けるワクチン接種だけだ。なんのことはない、偉そうなことをいっても、犠牲になっているのは決して高い経済処遇を得られずにとんでもない労働時間を捧げている勤務医や看護師やそれらに類する人達だけだ。

▼ 病床にはいくつものタイプがある。物理的なベッドがあるからとすぐに転用できるわけではない。加えて、なにせ入院して貰ったら人手がかかる。それの調達方法を考え無ければロジスティックは動かない。ビジネスと同じだ。しかもその人手は技術者、資格者でなければいけない。その資格を持っている開業医が「ヒマだなあ、患者来ないなあ。またワクチン接種早く始まらないかなあ」とぬかしているのが日本の現状だ。なにせ開業医が70%に及ぶ国は日本くらいだ(他国は公的な病院、医療機関の方が多い)。

▼ そう考えると、首相や都知事などの発言はなんともノンビリした間の抜けた発言に聞こえてならない。「東京五輪を実施したから、みんな外出せずステイホームになっています」、阿呆か。都庁からすぐ近くの新宿駅に行けばどれだけの人がでているかわかるだろう。しかも決して遊びにでている若者だけではない。なんとある友人の勤務先は全員毎日出勤になったそうだ。そこは外資系で欧米人がCEOなのだが、「在宅勤務させて真面目に働く奴なんかいない」という性悪説に基づいているからだそうだ、やれやれ。そんなことを言う国の人が所属している国が言っているESGやSDGsやサステナビリティやコンプライアンスに踊らされているのだからなんとも日本は間抜けな国だ。

▼ 私も正直一年半近くなるこの状況で、「人にお話を伺って、自分の知識を深める」という手段が全く取れず、業務にも趣味にも力が入らない。まずはコロナ禍を押さえること、それを真剣にやらねばならない。しかし、そのためには物事にはリスクとリターンがあり、それを定量的に測定し、そして何よりも意思決定する人が必要だ。そして同時に、リスクをとって意思決定する人に対するレスペクトをすることも必要だ。SNSで好き勝手なことを書いている間抜けどもに対して、国民ももっと真剣な態度を取らねばならない。

▼ いかん、珍しく堅い話になってしまった。

「意思決定できない国」への2件のフィードバック

  1. 「意思決定出来ない」「リスクを取れない」「意思決定プロセスがぐたぐたでアカウンタビリティを果せない」
    もうおっしゃる通り。
    昨日の首相の1億回ワクチン記者会見を見てなんとも言えない脱力感を感じた人は私だけでは無いと思います。もう、オリンピックのアストリート達の汗と涙を煎じて飲んで欲しいですよ。

    しかしこの脱力感や怒りは実は自分もそうだよなと気がついて余計腹がたってる部分も結構あるんですよ。
    物心が付いてからのサラリーマン生活を振り返ると、リスクは人に取らせる。意思決定は大勢が決まってから。アカウンタビリティどころかいつも報告書の結びは「~を実行する必要がある(誰が?)」。
    これで40年過ごしてまいりました。

    しかし今回オリンピックで良かったのは若い人達、がこのコロナの中でたくさんのリスクを取り潔く意思決定してあの舞台に上がって来るのを見れた事です。
    私も残された20年ほど彼らに負けないように心を入れ替えて頑張ろうかなとか思うてます。

    あっ。佐々木さんが堅いもんで私まで堅い返しになりました(笑)

  2.  竹垣さん、コメントを有り難うございます。他山の石とせねばならないかもしれません。また、自分がそれだけ経験値を上げた=オッサンになった、ということなのかもしれません。
     でもですねぇ、やはり今回のグダグダはいただけません。百歩譲っても、「ウソはもっと上手についてくれ」です。誰も今回のコロナについて何が原因で、どういう経過を今後たどり、どう着地するかなんてわからないでしょう。それは自分の生活でもそうだと思います。坂本龍馬は「不幸な奴は金玉を風呂に入る時にぶつけて死ぬ場合だってある」と乙女姉さんに手紙でおくったそうですが、何が起こるなんて誰もわからない。
     だからこそ、少しでもその不確実さを確実なんじゃないかと思わせる技術が上に立つ人にはいる気がするんですがねえ。

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