• 色々な人と会って話す中で、当初全く意図していないことが、突然「繋がる」気付きの瞬間が好きだ。それが味わいたいがために、リモートよりも対面で、えっちらおっちら出かけていくのかもしれない。
  • 先々週は札幌に出張に出かけた。先々週書いた「経営承継」を、現役経営者はどう捉えたいか知りたくて、だ。ところが大マヌケなことに3/20は春分の日の祝日であることを丸っきり失念していた。いくら小売業や消費産業とはいえども、本社・本部部門は土日・祝日はお休みだ。夜に開催される業界人のパーティーまで、丸々一日スケジュールが空いた。さすがに高い航空機代を支払って行っているのに勿体ない。ということで、「経営者と言えなくもないか」と札幌市内の小学校の校長先生K君に会うことにした。
  • K君は僕と同じ61歳。高校の同期だ。学校祭の運営委員を一緒にやり、後夜祭が終わって興奮した我々は帰り道で当時流行っていたシャネルズ(後年のラッツ&スター)の衝撃のデビュー曲「ランナウェイ」を近所迷惑も顧みずシャウトして歌った仲だ。お互いにレスペクトするものがあったが、彼は理系で医師志望、僕は文系で商学・経済志望。高三の頃は、たまに校内ですれ違った時に「よお!」と挨拶するくらいだった。お互い、大学受験勉強で忙しかった。
  • さて、連絡するとK君も「春分の日」は空いているというので、昼飯を食べることになった。場所は通学路の途中にある、「ランナウェイ」を唄ったあたりの懐かしいレストランだ。カネのない我々は、いつもその店の食品サンプルの前を通り過ぎては「腹一杯、こういうところでメシくいてえなあ」と話していた記憶がある。
  • 少し遅れてやってきたK君は、真っ白な髪の毛をオールバックにした温厚な紳士で、絵に描いたような「小学校の校長先生」だ。話は43年の空白を埋めるべく、あちこちに飛んだのだが、驚いたのは、K君は6年間ではなく12年間浪人し、結局合格せず、30歳で教育大学に入り、34歳で教員デビューしたという話だった。「12歳年下の大学の同級生だけど、面白かったぜ、教育大学は」と笑うK君。そう、彼はそういうヤツなのだ。イイヤツなのだ。
  • 青春時代の友には何でも聞ける。12浪もした理由を聞いた。なぜそんなに医師になりたかったのか?。答えは「自殺した親友の弔い合戦」だったと。確かに彼の親友M君が高校三年の春に鉄道自殺してしまった。国鉄しか電車のない札幌。本数も一時間に1-2本しかない。それを待って飛び込んだM君はよほど追い詰められていたのだろう。理由は医学部に行こうにも、伸びない成績と模擬試験の成績だった。M君の葬儀で弔辞も読んだK君も医師になりたかったことに加え、弔い合戦、そして「人は簡単に死んじゃ駄目だ」という思いから12年間のチャレンジをしたという。
  • 34歳で社会人デビューした彼が苦労したであろうことは訊くまでも無い。時代はモンスターペアレントや我が儘な子供ばかりの頃だ。しかし、何故か彼は社会人デビュー18年目の52歳で教頭選抜試験に合格したという。そしてその2年後には校長選抜試験に合格し、わずか20年間で校長になった。12歳年下の教育大学の同級生には「K、お前刺されるぞ」と笑われたそうだ。それほど異例の紹介だ。当然筆者は何故だったのかと訊いたのだが、彼もよく分からないという。ただ、「あるとすれば、どんな生徒でも、目を見て向き合ってきたことかな」とポツリと言った。
  • それを聞いて、筆者は、ふと黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」の話を持ち出した。多分今で言えばADHDとか学習障害とか多動児とか色々なレッテルを貼られたであろう黒柳徹子さんを、「君は、本当は良い子なんだよ」と通っていたトモエ学園の校長先生が繰り返し話してくれたという、あの有名なエッセイだ。実際、K君も色々な教え子にあってきたが、12浪という尋常ではない経験が幸いして、彼はどんな生徒も可能性に満ち満ちているように思えたという。「まぁ、それが何か教育委員会に伝わったんじゃない?。とはいえ、たぶん、誰か他の教員と取り違えたんだよね」と謙虚に笑う彼は、依然として魅力的だった。
  • 「そして」と彼は続けた。「思い出したことがあるわ」と。6浪した年に彼は父親の前に正座させられて、今後どうするのか問いただされたという。彼はなぜ自分が医師になりたいか、その背景にあった友人の自死、ここで諦めるのはM君に申し訳が立たないということを話したそうだ。普通ならば「それでももういい加減に諦めろ」というところだが、学生相手の焼き鳥屋をやっていた彼の父親はこういったそうだ。「わかった。なら、とことんやれ。お前が医者になれるかはわからんが、何になってもまともな生活を過ごせるだけの根性はお前にはある。好きなだけやれ。」。K君は心底うれしかったそうだ。
  • 12浪・34歳デビューの教員K君が生徒に対してとってきた態度も、彼の父親から6浪目に貰った言葉も、そして「窓際のトットちゃん」のトモエ学園の校長先生にも共通点がある。それは「他者を承認し、尊重する」ということだ。世間は多くの楽しからぬ事件が今も起こっている。そして筆者その根底にある共通点は同じだと感じる。それは「個として尊重され、承認されてこなかったことが大きな心の傷となって、事件を起こしてしまったのではないか」ということだ。
  • そして話はいきなりその一昨日に飛ぶ。筆者は地方出張の場にいた。ある流通業を訪ねるためだ。そこで12浪のK君の時とそっくりな話を聞くことになる。訪問した企業はいわゆる「QCサークル」を今も地道に続けている企業だ。「QCサークル」は戦後、多くの企業経営者が米国の品質管理手法の高さを学ぶべきだと一斉に取り組み、それが日本の品質の高さの基本になったことはよく知られている。ただ、それはかなりの努力を要する。というのも、「QCサークル」活動は非常に地道に長い期間の努力が必要であり、必ずしも参加している人間同士の意見が一致するものではない。むしろ、そこでの意見のぶつかりあいや理解が重要なのだが、営業現場と管理部門などの違う業務をしている人間が理解しあって、信頼を構築するのは極めて困難だ。時には営業現場の人間にとって、管理部門はコスト削減を命じてきたりする、あまい会いたくない相手であることもあり、容易には打ち解け合えない。
  • そこで経営幹部が思いついたのは、社員同士は知らない人でもお互いに目があったら「ピースサイン」(写真を撮るときに日本の人がよくやる、あのVサインだ)を交わすようにしようということだという。筆者は「え、ピースサインですか?、知らない人にでも?」と驚いた。当然だろう。それをさっとできる自身は筆者にはない。
  • 案の定、社員の多くは恥ずかしがって当初はやらなかったらしい。面白いのは、そうなれば率先垂範。経営陣が全員、持ち場で早めに出社して、玄関に立って社員に笑顔で「ピースマーク」を示すようにしたと。社員の戸惑いと、その時の様子を想像すると、思わず笑ってしまう。社員は相当、驚いたろう。そりゃそうだ、経営陣が早めに出社して玄関でいきなり自分に笑顔でピースマークするのだ。なんか変な意図があるのじゃないかと思うのが普通。
  • ところが一週間経ち、一ヶ月経ち、三ヶ月経ち、本社でも店でも倉庫でもピースマークをやり続けると、知らない者同士でも、ちょっと恥ずかしげに互いにピースマークをやりとりするようになり、さらには笑顔が出てきたと。このピースマークのよいところは、マスクをして話せない時でも使えることだ。今でも結構多くの現場ではマスクをせねばならない仕事はある。それでもハンドサインは自分の意志を伝えることができる。つまり、どこでもいつでも使える汎用性だ。それから一年。会議、ミーティング、反省会などで意見が自由闊達に出るようになったと言う。さらに経営陣は、今度は親指を立てる(「いいね!」のサムアップ)ことを初め、「お、これいいじゃん」と思ったら、サムアップするようにしたところ、すべての分野において社員が積極的になったという。
  • 12浪のK君の生徒への対応、彼の父親が6浪目に語ったこと、「窓際のトットちゃん」の校長先生、そして訪問した企業で始めたピースマークと「いいね」サイン。すべては共通している。それは「あなたのことを大切に思っています」ということを明確に示し、他社を「承認」し「尊重する」ということだ。そして同時に自分はそれをきちんとやっているのだろうか、と反省した。たった一言「有り難う、助かるよ」、「それ面白いね」というなにげない一言がどれだけ組織や社会を住みやすくし、生産性を上げるか。しかし、残念なことにそういう考え方、アクションは一部の人間には冷笑されたりしている。悲しい。
  • バックパッカーやグローバルな仕事をしている人は経験しているが、異文化の外国の人と仲良くなることは、「ありがとう」を現地語で言えることと、振る舞われた食事を「美味しい!」と言って食べることだという。確かに、海外旅行に行くときに一番最初に覚えるのは「ありがとう」だ。場合によっては、「ありがとう」だけで済むこともある。料理のメニューをさしては「ありがとう」といえば、たいていその食べ物が出てくる。「あちがとう」と現地の人が食べるものを「おいしい」ということは、異文化を尊重することであり、相手を承認することだ。DEIという難しい言葉がはやり、トランプ政権になってからDEIの取組をやめたという企業も出てきている。しかし、そんな難しい言葉は不要なのだ。そんなことを12浪の校長先生K君や経営陣が考え出したピースサインキャンペーンを見て感じた。

                             (了)

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