• 道産子の筆者でさえ、北海道は好景気に沸いているとメディア報道で思っていた。ニセコと富良野に押し寄せるスノーパウダーを求める富裕層インバウンド客、一食1万円オーバーの海鮮丼、近くの倶知安町のスーパーで売れまくる箱ウニ2万円が飛ぶように売れ、もはや日本人は高すぎて誰も遊びに行けないと。一方で、千歳のラピダスで技術者と労働者の集まりは引きも切らず、仕方なく膨大なコストをかけて寮を建設、千歳市の商業地下は30%と爆騰。少し時期はずれだが札幌雪まつりは家族連れのインバウンド客で回転寿司とジンギスカンは大賑わい。ホテルは軒並み宿泊費が値上がりして、タクシーが足りない。そんな報道だ。「そこまで景気いいなら、ふるさとに帰って仕事したいものだ」と思ったことも一度や二度ではない。
  • で、実際に北海道に行って見た。経営者とのMTGをしつつ、実際に滞在して状況を見てやろうというハラだ。新千歳空港に着く。あれ?、意外と外国人客が少ない。電車で着いたJR札幌駅はそれなりに混雑はしているが、東京駅のそれとは比べものにはならない。大きめの荷物を持っているのは若者だ。卒業記念旅行なのだろうか。でも、インバウンドは少ない。業務受託をいただいている会社のオフィスでリモート用のお部屋を貸して頂くことになっていたので、札幌駅についてすぐにそちらに。ん?、ここは筆者が学生の頃からあった、当時一番の高層ビル。下にはテナントが押すな押すなで入っていたが、もう結構抜けて、コンビニだけがポツリと入っている。まぁ、オフィス街だから仕方ないか。
  • リモートMTG終わってからホテルに一旦荷物を置きに行こうとタクシーを捕まえようとしてが、なかなか来ない。おお、なるほど、噂通りね。仕方なく、配車アプリで呼ぶ。タクシーに乗ったら、必ず運転手さんに足下景気を聞くので、今日も訪ねる。「景気、どんな按配だかい?」、地元言葉で聞くと案に反して帰ってきた答えは「なんも、なんも、よくないって。土曜日は多少人が出るけど、火曜、木曜は地獄だわ。そもそも、若い人、呑みにいかないもねえ」。おやおや、東京と同じでコロナ禍以降の夜の行動変革は大きいのかと思っているうちにホテルに到着。とはいえ、随分とススキノのはずれにきたものだ。そごう西武のディールで有名となったフォートレスが運営するホテルマイステイズグループなのだが、ほんの五分も東に歩くと、豊川稲荷、薄野娼妓並水子哀悼碑がある。言うまでもなくこのあたりは、北海道開拓時代の薄野遊郭のあたりだ。この慰霊碑はそのはずれにある。厳しい労働環境に加え、寒さから命を落とした遊女の慰霊碑だ。大河ドラマを御覧になっている方は雰囲気が分かって貰えるだろう。ススキノのはずれで、東本願寺も近いこのあたりは寂しい場所だったのだけど、ここまで外資系ホテルは進出していたかと感慨深い。
  • 19時からの経営者とのMTGに急ぐ。場所は老舗のホテルのバー。既に食事は済ませているというので、ゆっくりと話せるよう、早めの時間でホテルのバーということにした。ここに向かう途中は、地下道も盛り場に向かう人達が多く、「おお、景気いいじゃん」と思ったが、MTGを終え、20時半に終わって外に出たときに慄然とした。人が歩いていない。さっきの人達はどこへ?。ああ、そうか。もう店に入っている時間なのか、と思っていたら携帯が鳴った。別の経営者からの電話だ。「札幌にいるんならば、ちょっと来ないかい?」、一も二もなく向かう。場所はススキノのど真ん中。
  • ところがこちらもイマイチ客の数が薄い。3月も既に下旬。雪のシーズンが終わったからだろうか。それにしても、山にいけば、まだまだウインタースポーツはできるのだけど。まぁ、いい。指定のあった店に入る。そこから全部で三軒はしご。やはり客が少ないのは気になったが、それよりも経営者と少々厳しい現状について議論する。聞けば、定価販売の流通業はかなりしんどい状況とのこと。集客力があるのはディスカウントストア、もしくはディスカウント色の強いところばかり。しかも、4月からさらに原価上昇が始まることに加え、人件費、採用費、水道光熱費、不動産費、建築費と軒並みあがり、どうも2-3月の本決算は良い数字を出せるところはなさそうだと。「それでもまだ、この商売続けます?。こんな儲からない商売を御子息に承継するくらいならば、目減りしないうちにキャッシュにしたら」とかなり無礼な苦言を呈したのだが、怒るでもなく腕組みをして考え込んでしまった。せっかく彼の顔でVIPルームでカラオケとなったのに、これは申し訳ないと反省して退散。で、お会計を聞いてぶっ飛んだ。VIPルーム、接遇の女性二人、客二人、二時間で5,000円!。もちろん、彼が常連さんで、そのおこぼれを頂戴しているからなのだけど、この値段には驚愕。聞けば、インバウンド客で札幌ステイは家族連れのため、夜の盛り場には出ないのだそうで、なかなか厳しいらしい。うーん。
  • 翌日はまた別の経営陣、管理職とのMTG。消費動向を引き続き聞くため、また企業の状況変化を訊くため。かなり外れた場所にあるのでまたもやタクシーで向かうが、話しかけると「意外と日中は景気いいですよ」との言葉。「ほうほう、昨日のタクシーとはエライ違いだ」と思ったところ、なんでも建築のお仕事をなさっていて、ラピダスも当時は話がでていなかったので、五年前から東京で仕事をしていたとのこと。コロナ禍はあれども物件数の多さと高単価、人員不足で随分と良い思いをしたとのこと。ただ、還暦前の59歳となった昨年、「もうそろそろいいか」と故郷に戻り、かといって何もしないのもどうかと思い、タクシー運転手の職についたと。で、驚くのは日中にこなす件数。なんと20-25件!。「なんで、そんなに拾えるんですか?」と訊くと、タクシーアプリでの配車専門でやっているとのこと。稼働時間は昼間のみ。で、病院や買い物に行きたいけど自動車免許返上のお年寄り、タクシー台数が減った中でのサラリーマンなどが次から次に呼んでくれるそうだ。
  • しかし、何よりも驚いたのは、若者がタクシーに乗るという。「え、彼らは車で動くんじゃ無いですか?」と訊くと、なんともはや札幌のようなところだと若者はもはや車は保有しないのだ、と。一つは経済的に負担が重いこともあるし、不稼働資産の代表格である自家用車は保有しないと。筆者が免許を取得した21歳頃は自動車が欲しくてしかたなかった。実際、トヨタスターレットとかレビン、トレノ、いよいよになればスズキアルト47万円まであった時代が。しかし、確かに自動車の値段は上がっている。いまや200-300万円は当たり前、ちょっとしたものならば400万円オーバーだ。これだけ経済関係をしっかりしなければならないほど、若者もしんどいのだろう。
  • さて顧客とのMTG。消費の状況は変わらない。加えて、話題になったのは、人員不足だ。いや、正確にいえば、人事・評定・研修・地方店・本社の関係の「歪み」だ。当然のことながら、地方の消費はその地方でなければわからない。だから、商工会議所やロータリーや色々なところに顔を出して、地元特産物や関係構築をするのが常。しかし、人材不足があり、なおかつ本社からの人の送り込みで「地元密着」が薄れている、と。こうなると元から地元で商売をしている企業にかなうわけがない。そして本社から人材が送り込まれるため、地元採用の社員は出世出来ない。当然モチベーションが落ちる。建設的なアイディアも出てこない。かくして、日本中、どこに行っても金太郎飴のような店ができてしまい、差別化ができないと言う。
  • 加えて、訊けば、不動産費と建築費の上昇は異常で、建築費はコロナ前の3倍になっていると言う。「こうなるとね、その建築費を粗利規律で割り戻したら、必要売上が出るでしょ?。もう無理ですよ、そんな売上取るの」といきなり弱気である。確かにテレビのニュースでちょっと目にしたら、北海道新幹線は2038年度以降、札幌都市再開発の目玉であるJR札幌駅南口開発は2034年度以降にずれ込むという。現在が2025年だから、10~13年後だ。ただでさえ、人口減少が続くなか、10~13年後に、そもそも人はいるのか?。加えて、この札幌南口にはそごう札幌店があり、その一階バスターミナルになっており、冬でも雪をよけてバスを待つことができたが、取り壊されたため、真冬の吹雪の中、市民はむき出しで吹雪の中でバスを待たねばならなくなっている。インバウンドの華やかな話題とあまりにも対称的だ。
  • もちろん、こうした地方経済の厳しさは北海道に限らない。しかし、メディア報道であれだけ盛り上がっていたところが、実際はこうなっているのを見ると、どうも東京で集めた情報は実態を見ていないのではと痛感する。以前にも書いた「現地・現物・現実」、それは訪れて見てみないとわからない。また、経営者の本音もそうだ。かといって忙しい中、そうそう出張して経営者の話を訊くには無理というもの。ならば、帰りにちょいとスーパーに寄ったり、ディーラーに寄ったり、町工場の前を通ったりして、そこに積まれている在庫なんかを眺めるだけで、メディアでは報道されない「真実」が見えてくるのかもしれない。

         (了)

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