• 「失われた30年」、聞き慣れた言葉だ。また、「親ガチャ」も広く知られている。これは2015年にネットに登場した言葉で、「親の経済力や自分が生まれ持った容姿や能力、家庭環境によって左右される人生からは抜け出せない」という絶望を自虐的に表現している(ガチャは以前書いた「ガチャガチャ」ゲームのこと)。いずれも平成バブル時代を最後に長引く日本のダウントレンドへの不安を示している。そして、そこに静かに、しかし着実に忍び寄っているのが「団塊の世代」「ベビーブーマー」の高齢化、後期高齢者への移行だ。今回はその影響を定量的に踏まえてみたい。
  • 「団塊の世代」は、堺屋太一が1970年に執筆した小説「団塊の世代」に由来する。この小説、四章からなるが、いずれの内容も「これを1970年に堺屋は予想して書いたのか?」と慄然とするほど、現状抱える日本の問題を予言している。まだAmazonなどで購入出来るし、図書館などでも潤沢に置いてあるので、是非、一読することを進める。そのインパクトの大きさゆえ、「団塊の世代」は一般名詞として使われるようになった。教科書的には太平洋戦争が1945年に集結し、復員兵が家庭に戻ることで大量の子供が誕生したが、その子供達を指す。具体的には1947年~1949年生まれ。著名な方としては、松任谷由実、吉田拓郎、小田和正、吉永小百合、石坂浩二、弘兼憲史、タモリなどである。
  • ただ、これは狭義の「団塊の世代」である。この三年間だけ大量の子供が誕生して、それ以外は誕生しなかったわけではない。よって正確には「第一次」ベビーブーマーを「団塊の世代」と呼ぶのであり、その前後のベビーブーマーを含めた広義の「団塊の世代」は1945-1955年生まれと定義しよう。これは筆者の勝手な定義だが、その根拠は「社会経験の形成期である中学生~社会人初期に、同じ歴史的出来事を体験した人々」である。というのも、戦後、大きな出来頃がいくつもあったが、人格形成に大きな影響を与えたのは「受験戦争」である。2025年段階で全人口の5%弱を占める団塊の世代(出生数806万人)ため、熾烈な競争が各方面で起こったが、その一つが、それまで義務教育か高校卒業で就職していたものが、大学受験に一斉に向かったことによる「受験戦争」だ。
  • さらに影響を与えたのが、1960年の第一次安保闘争、1965-1970年のベトナム戦争とそれに対する反対運動、1968-1969年の全共闘運動(学生運動、例えば日大紛争、東大闘争など)、1070~1972年の連合赤軍によるよど号事件やあさま山荘事件、そして1973年の第一次オイルショックだ。筆者はこの頃のサブカルチャー論に強い興味を持つので、ついつい脱線しそうになるが、そこはグッと我慢しよう。いずれにしても、いわゆる思春期~青年期に大きな「政治の季節とその崩壊、そして、高度経済成長の終焉」を経験したのが広義の「団塊の世代」だ。
  • この広義の「団塊の世代」まで広げると出生数は狭義の805万人から2,040~2,120万人への2.5倍増となる。1945~1955年生まれが後期高齢者となるのは2025~30年である。それは、2.040~2,120万人のうち高齢者就業率25~30%であることを勘案すると現在就業中の500~600万人が「完全退職」することとなる。この影響は大きい。

年齢別労働力人口推移(出所:内閣府「令和7年版 高齢社会白書」)

  • また、彼らが終業している産業は農林業が圧倒的に高く、それに比べれば低いとはいえども、建設業、製造業、運輸業、サービス業などの主要産業の割合はかなりの高さにある。これが2030年までに消滅することとなる。

主要産業別65歳以上の就業者数及び割合(出所:内閣府「令和7年版 高齢社会白書」)

  • では、「団塊の世代」の死亡者数の増加による「多死社会」の影響はどうだろう。「団塊の世代」に属する方にとっては愉快ならざる話題だが、許して欲しい。既に2020~2025年の五年間で亡くなった団塊世代(狭義)は70~90万人で、今後10~20年の推計でも年間数十万人ペースでの死亡が続く。これは国民全死亡者数の10~15%にあたる。なるほど、「少子化」も問題であるが、同時に「多死化」が大きな問題となる。これは日本人口の大幅減少を招くことは既に常識だろう。

(将来推計人口でみる50年後の日本(出所:内閣府)

  • これらによって発生するネガティブ事項は、さんざん分析され、報道されているが、まとめると以下の四点だ。1)介護・医療の負担急増、2)年金・社会保障財政への圧力、3)労働力人口の急減と若年負担感、4)地域コミュニティの「一斉高齢化&一斉空洞化」。特に1)2)の影響は大きく、またその負担が3)の若年層の負担となることは世代間軋轢として生じるリスクが高い。政権が社会保険量、年金、介護費用の今後をどのどのように賄うかの議論に毎日を割いているのはいまさら強調することもないだろう。
  • では、ポジティブ事項はないのか。あえていえば、この四点だ。1)地域社会・NPO・ボランティアへの参加、2)「シルバー市場」の拡大(シルバー市場:旅行・健康食品・リハビリ、趣味・教養、リフォーム、金融商品など)、3)世代間の資産移転(相続・贈与)、4)長寿社会での「新しい高齢者像」の提示。中でも経済的には3)の世代間資産視点の影響は気になるところだ。
  • ただ、結論から言えば、確かに団塊の資産が若い世代に行く「量」は数百兆円規模と確かに大きい。家計の金融資産は約 2,000?2,100兆円であり、そのうち約6割(≒1,200兆円)が60歳以上の世帯が保有している。三井住友信託銀行の推計では、今後30年程度で相続される「金融資産」総額は約650兆円弱なので、家計金融資産(約2,000兆円)の3割強・名目GDP(約550兆円)に対して1.2年分程度と巨額である。
  • ただ問題となってくるのが、冒頭の「親ガチャ」なのだ。1)相続を受けるのは必ずしも「若い」世代とは限らない。「団塊の世代」の子ども世代は40~50代後半から60代と既に資産形成をしている世代。そのため、「就職氷河期世代」などに承継・相続がなされるまでにもう1クッションあることとなる。2)また、相続税を伴う相続自体が発生する富裕な家庭は全体の一部(およそ死亡者の約1割)に過ぎない。しかも残り九割との差は決定的に大きい。つまりは「親ガチャ」だ。3)最後に、相続しても、その使い道は住宅ローン返済・親の介護費用の清算・相続税の支払い等に費やされることが多いと予想される。
  • では、相続人がいない資産はどのくらいあるのか。これが2023年度で0.1兆円である。今後増えるとしてもさほど大きい増加とはならないだろう。つまりまとめると、一般会計歳出110兆円前後でうち社会保障費40兆円前後(これは高齢化で増加する)のの中、相続税収は約3~3.5兆円(税収全体の約3~4%)、相続人のいない遺産(国庫帰属)は2023年度で(0.1兆円)、つまり合計3~4兆円/年にしかならない。うーん、「団塊の世代」の退職と多死化により国庫が潤うのではないかと考えたが、それは大甘だったようだ。
  • では、これによって伸び産業は何か。ここはちょっと手を抜いて生成AIに訊いてみたところ以下の六業種と出てきた。1)医療・介護(確実に最大成長)、2)相続・信託・税務・法律、3)葬儀・納骨・墓じまい・遺品整理、4)生活支援・配食・見守り・家事代行、5)不動産仲介・都心中古マンション市場、6)自動化・省人化ロボット(人手不足代替)。うーん、どうもあまり前向きな産業というよりは、「団塊の世代」の今後をカバーする産業がメインであるようだ。
  • 前にも書いたと思うが、筆者は「常識はAだったが、実はBになる」という「ギャップ萌え」が好きだ。だから、「段階の世代」の退職に伴って、実はネガティブではなくポジティブ事項もあるという結論を期待していたのだが、それを見つけるのはなかなか難しいようだ。そうすると「人口増が国力を維持する」という考えはなるほど正鵠を得ているのかも知れない、クヤシイが。とはいえ、何かポジティブはないのか、今後も探すつもりだ。

                             (了)

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