- 「おっとっとっと~」、土俵際の粘り腰で有名な力士「炎鵬」の真似をしたのがいけなかった。地下鉄出口の段差で足を踏み外した筆者は、背中のビジネスリュック・右手の着替えのカバンを持ちながら、目の前の壁に衝突し、左肘と左腰をしたたか打った。息がつまり、そのまま歩道に崩れ落ちて三分間ひっくり返る。時は北国の快晴の青空の下の通勤客でごった返す歩道。恥ずかしさのあまり、なんとか立ち上がって目の前のタリーズに逃げるように入り、注文もそこそこにお手洗いを借りて肘と腰を見たら、医学写真に出てくるような見事な青タンが。痛いのと、恥ずかしいのと、悔しいのを我慢して、作り笑顔で席に戻る。「まったくもう」、半べそになりそうになりながら、傷む体をタクシーに押し込め訪問先に向かった。



- それでも気を張っている出張中は良かったが、翌日帰宅してからが、地獄の痛みだった。さらに問題は痛みよりも、腫れ上がった腰だ。出張から帰った翌朝、出かけようとスーツのズボンに足を突っ込み、ウエストのボタンとホックをかけようとしたら、激痛でベッドの上にひっくり返った。内出血で腫れたところにズボンのウエストとベルトが「もろに」あたるのだ。どうやら、一晩寝たことで、腫れがさらに酷くなったらしい。ウエストを締め付けている前のジッパーを開ければ楽だが、それで電車に乗ると「軽犯罪法違反」で捕まってしまう。困った。外出しなければならない時間が迫る。焦っていると、我が家のパートナーが、見かねてか「これ使ってみる?」と持ってきたのが、下の写真の布製品だ。なんとズボンのウエストを数センチ延長するアイテムらしい。とはいえ、まるで小学校の家庭科で作ったようなシャビーな布製品。半信半疑で使ったら、おぉ!、むっちゃ楽!。ウエストが広がる。さらにベルトを外して、そのままズボンをはくと、さらにイイ!。これで患部からウエストをずらして、まるで往年の渋谷の高校生の「腰パン」のようにすると、先ほどの痛みに比べると極楽のようだ。というわけで、それ以来、この二週間、このアイテムを愛用している。



- 見かけのシャビーさと、その機能の優秀さに驚き、彼女に「これ、自分で作ったの?」と訊いたら彼女は呆れたように、「やるわけないじゃん。あのね、売ってるの。アタシは生協さんで買ったけど、ネットとか100円ショップならもっとあるよ」と。なるほど、検索すると出てくる、出てくる。どうやら、体型変化(=要するに太ちゃった)などで礼服など、滅多に着ない服が合わなくなった時の緊急避難に使うらしい。そして、なんとジーンズ向けもあるのだ。「うーむ、なんと便利な」とディスプレイの前で感動するウエスト三ケタ・62歳の男性、なのだった。




- 米国にも「99セントオンリーストア」「ダラーツリー」などがある「100円ショップ」は、日本でもはや生活インフラに近い。ワンコインで買える「安さ」を強みにした店だが、元々はスーパーなどの入口での催事業者としてアイディア商品を販売するショップとして誕生している。だから、「ちょっと面白いもの」「役にたつもの」はお得意だ。その流れはますます加速していて、「100円ショップ」はいまや、「便利商品」・「アイディア商品」を探しにいくところになった。だから、なぜだか「100円ショップ」では、あれもこれもと欲しいもの次々に出てきて、買い物籠がどんどん埋まっていく経験は誰もがしている。我が家のマストアイテムは100円ではないが、「野菜のみじん切り器」だ。言うまでも無く玉葱やネギのみじん切りは涙との格闘だし、そもそも一定の大きさに切るのは面倒な作業だ。しかし、こいつが我が家に来てからは、みじん切りを使ったメニューの登場回数がグンと上がった。同様に、地味だが人気あるアイテムも100円ショップでは多い。「セスキ」「クエン酸」「アルカリ電解水」「重曹」などの自然派洗剤や、ありとあらゆる部分を洗えるブラシは、買う気がなくてもつい買い物籠に入れてしまう。




- 「100円ショップ」の定番である「激落ちくん」シリーズも、もともとはホームセンター等向けの商材だった。それが「100円ショップ」で扱うことで売上が爆増した。そこから「激落ちくん」を製造したLEC(レック)社は、「100円ショップ」に製品開発を集中し、大成功した上場企業である。ちなみに、和歌山県に「海南市(かいなんし)」という町がある。訪れてもなんということのない、ごく普通の町だが、なんとここは国産家庭日用品の80%シェアを製造している町だ。そしてそうした産業が盛んになった理由が面白い。実はここは日本に正しい仏教戒律を伝えるために失明しても5度の渡航を試み、6度目に成功。東大寺に正式な戒壇を設立したり、唐招提寺を建立した「鑑真和上」が上陸した土地と言われている。そして上陸の際にタワシの材料である「シュロ」の木を杖にして、山に上がったことから、生活日用品の製造産業に繋がったと言われている。残念ながら鑑真和上の上陸地点は史実としては鹿児島県南さつま町であり、この海南市への上陸やシュロの木の話は伝説に過ぎないのだが、海南市にいくと布製品、プラスティック製品からどんなものに至るまで製造する企業が70-150社あり、推計人口が44,000人なので、単純計算で300~600人が一社に関わっていることになるのは、かなりラフな計算だが事実だ。そして面白いのは、企業同士の横連携が強いことである。ある意味では「100円ショップ」に代表されるアイディア商品を生み出す梁山泊と言って良いかもしれない。





- こうして先端的な製品で購買行動を誘う論理的なモデルが「AIDMAの法則」だ。これは「Attention (注意・認知)を引き」→「Interest (興味・関心)を持たせ」→「Desire (欲求)を起こし」→「Memory (記憶)させて」→「Action (行動・購入)する」という購買心理を整理したものだが、まさしくそのとっかかりの「AttentionとInterest」が消費者の購買行動のキーとして重要だ。この面白い例ではセブン‐イレブン・ジャパンが設立された頃(1970年中~後半)、商品企画部に「ブラブラ社員」という職種を配置したことだ。これはまだ会社の色に染まっていない新卒四人(男女二名ずつ)が、「週1回出社して報告する意外は街へ出て、ブラブラしながら面白いことを見つけてくる」という業務で、テーマは与えず、とにかく興味を引くものを探すことが仕事だった。鈴木敏文氏は後年、「商品開発に結び付きそうな面白いことを見つけ続けるという、苦しい業務を真っ白な人材の目を通して行う」ことが目的であったと述べている。さらにユニークなのが、この仕組みには同じことをもっとシステマティックに行った企業がいたことだ。それは永谷園が1979年に開始した「ぶらぶら社員制度」だ。1979年に始めたもので、目的は「新商品アイデア創出のため」、当時の社長が「机に向かうだけでが開発でなく、意外な場所で、意外な時にアイデアが生まれる」と考え始めたものである。人気は2年間で、なんと「出社自由」「経費も自由(使い放題)」「報告書不要」という凄い制度で、人数は一人で「組織に埋没しない自由な発想人を創る」という意図があった。成功例としては、「麻婆春雨」があり、これはご存じの通り同社のロングセラーになっている。また「麻婆春雨」は家庭で使用する惣菜キットの走りにもなった。ちなみにこの永谷園の「ぶらぶら社員」は2023年にも復活している。

(出所:https://www.7andi.com/company/conversation/111/2.html?utm_source=chatgpt.com )
(出所:https://www.nagatanien.co.jp/brand/maboharusame/burabura1.html )
- 前々回、前回とネガティブなトーンで、本コラムを書いた。それはそれで重要な課題である一方で、もっと自由な発想で肩の力を抜く仕組みが「面白い事」「ビジネスのシーズ」を生み出すことを忘れがちになっていることも、「失われた30年」の背景であるような気がしている。すべての企業や組織がセブン-イレブン・ジャパンや永谷園の真似をする必要はないが、そういうスピリットが必要だという柔らかい頭もまた必要だろう。「何かいいことないかな」は、故・河島英五の名曲だが、そのメジャーなコードの後で唄われているのは「今のままじゃ満足できない、もっと面白いことはないのか」とシャウトする彼の声には意欲と怒りが込められている。実際、ネガティブな情勢を見て、そこからポジティブな解決策を発明して成功している組織や企業が多く誕生しているのが、この「スタートアップ」「アントレプレナー」時代の特色でもある。朝、満員の通勤電車に乗りオフィスで仕事をし、夜に一杯飲み屋で愚痴を言って家に帰って寝る。そういう生活を「何かいいことないかな」とブラブラする心の余裕、それが意外と我が国を救うのかもしれない。
(了)
