- 旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
- 期待していた紅白歌合戦はAKB48に加えて、矢沢永吉さん、松田聖子さんの素晴らしいパフォーマンスで終えた年末だったが、元旦の番組表を見て愕然とした。毎年元旦にNHK-BSで放送される「欲望の資本主義」シリーズの放映がない。同じ想いを持つ同志は多いらしくSNSで検索したところ、今年は正月の放送はないとのこと。「欲望の資本主義2026」は幻となった。失望と同時に得体の知れない安というか懸念を持っている。


- 2016年に始まったこのシリーズは、2008年のリーマン・ショックで多くの人間が持った「貪欲な資本主義」への疑問を世界中の知識人を総動員して解明しようという試みだ。その間にコロナ禍や再び始まった資産インフレ、ESGや株主資本主義、そしてアクティビストの台頭などがあり、マルクス・ガブリエルをフィーチャーしての「欲望の時代の哲学」も制作された。つまりは、もはや「貪欲な資本主義」の考察は経済学だけでは不可能で、哲学や倫理学、そしてバックボーンとしての歴史まで俯瞰する必要が出てきたということなのだろう。



- 筆者がこの番組に強く惹かれるのは、リーマン・ショックの当事者であったからに他ならない。以前にも同じことを書いた気がするが、産業分析家としての社会人生活を始め、やがて証券アナリストという分析結果を資本市場に落とし込む業務についてからは、その根底にある資本主義を疑うことはなかった。個人的に資本主義と対峙する社会主義・共産主義のことを学ぶのは好きだったが、資本主義の持つ最初の原則「レッセ・フェール」「神の見えざる手」に強く反論するものではなかった。大きな政府を肯定するケインズ経済学も、ある意味での修正資本主義であると考えていたし、それは日本の資本主義が修正社会主義と呼ばれたのに近いような気もする。しかし、勤務していた米国リーマン・ブラザーズ証券の2008年9月15破綻と、それに伴う失業。そして、ドミノ倒しのように次々と資本主義の教祖とも言える企業の破綻危機を見る中、足下が崩れ落ちるような気がしたことを今も鮮明に覚えている。多くの経済学者は資本主義の持つ欠陥を著書やメディアで叫び、世界は大混乱に陥った。結局その結果、極めて個人的なことだが、筆者が勤務した外資系金融期間はすべて統合されるか、消滅した。



- しかし、あれから10数年。「貪欲な資本主義」、誤解を怖れずに言えば「拝金主義」は、さらに大きな波となって世界を覆った。コロナ禍によるサプライチェーンの混乱、地政学の大きな変化、ESGやSDGsなどに代表されるポリティカルコレクトネスという見えない圧力、そうしたものがモンスターを再生してしまった、そんな感が拭えない。年末の報道では東京の新築マンションは2億円、中古マンションは1億円が相場だという。しかし、実質賃金は一向に上がらず、家を手に入れるには「パワーカップル」という平成バブル時代の「DINKS(=Double Income no kids)」を彷彿とさせる「幻想」を信じるしかない(事実、DINKSであった多くの同世代は結果的には子供を持ち、二馬力であったはずの稼ぎは一馬力に低下した)。また平成バブルで印章に深く残っているドラマがTBSの「それでも家を買いました」だ、要約すれば、横浜市鶴見区内の社宅に住む主人公夫婦が平成バブルの地価高騰でささやかな家を購入することもできなくなり、次々に条件を落とし、最終的には神奈川県津久井郡城山町(現・相模原市緑区)に家を購入し、川崎にある通勤先に毎日往復四時間かけて通うというところでドラマは終わる。YouTubeに「限界ニュータウン」「放棄ニュータウン」という動画を多く見ることができるが、まさしく当時、購入できた家の残骸がここである。それは田舎から上京して平成バブルのまっただ中に放り込まれた筆者を戦慄させるドラマだった。



- 平成バブルのその後の顛末は書くまい。あまりにも有名だからだ。しかし、現在起こっている人口減少下での異常な不動産価格高騰、そして国民生活がますます悪化する中での米国株式の上昇の顛末がどうなるかは誰もわからない。ただ、マーケットや経済に関係する仕事をしてくる中、「永遠に右肩上がりはないし、永遠に右肩下がりもない」ということだけは理解している。実際には、超長期の資本市場の時価総額をみれば右肩上がりだ(下記左図は日本市場50年間、右図は米国市場100年間)。しかし、問題なのは人間の寿命だ。超長期では右肩上がりでも、その間に様々なアップダウンは存在し、そのダウン期に人生の重要な時期を過ごした人々は資産デフレや不況・恐慌で存命の間の生活をかき乱されてきた、それも事実だ。


- 話を戻そう。2008年のリーマン・ショックを経て、世界の識者は資本主義というものの正当性について検証し、その欠陥をもまた見つけた。ピケティの「r>g」は、「労働者は資本家に搾取され続ける」というマルクス経済学の基本のキを統計的に証明してしまった。しかし、それでも資産インフレは続き、アクティビストやファンドと名前を変えた「資本家」は貪欲に儲け続けている。だが、ここに本当に逆転現象は来ないのか。いや、資産インフレを演出している彼らが「利食い」をして、このトレンドを強制終了させる可能性はないのか。それを毎年元旦に検証してきたのがNHKBSの「欲望の資本主義」だったが、2026年は少なくとも正月の放送はない。陰謀論的には「ディープステートからの圧力がかかった」と理由を主張する向きもあろうが、BSプレミアムがなくなり、BS4Kを見ることが出来ない多くの視聴者のためにNHKBSの番組枠が取れなかった、もしく資産インフレが上昇する中で内容的に放送企画が劣後したというのが妥当な視点だろう。しかし天災と同じく、「忘れたときにやってくる」のが経済危機だ。冒頭に書いた、漠然とした不安や懸念はそのせいなのだろう。



- そんなことを小売業の経営者の方にメールしたら、こんな返信をいただいた。「ご指摘の通り規模拡大でも、強欲資本主義でもない存在が必要。私たちは、社会のコモン(共有財)としての流通基盤になれるよう頑張ろうと考えています」という内容だ。このご返信をいただいて、少しだけ、ほっとしている2026年の正月なのである。
※1月上中旬に両眼の白内障手術を受けます。技術が進んで非常に簡単な手術ですが、「術後数日は目を酷使してはダメよ」と医師から注意をうけました。そのため、コラム執筆が不定期になる可能性がありますが、ご容赦くださいませ。
(了)
