• 前号のAIに関するコラムに珍しく複数の返信をいただいた。大学生の母親でもある流通ITの専門家からは「戦慄を覚える」と記されていた。「AIで小売はどこに行くかだけでなく、人間の在り方自体が問われている」と彼女は続けた。また金融機関での長い経験を持つCFOからは、「イノベーションでも何でもないAIプラットフォームビジネスで『みかじめ料』を取るプラットフォーマー」と、AIをビジネスとする人々での猛烈な不信感についての言葉をもらった。
  • 人は「よくわからないもの」を畏れ、ひれ伏す。そしてそれはIT、DX、そしてAIといったものだけでなく、SNSという既に分かっている気になっているものでも同じだ。コミュニケーションツールであるはずのSNSが高い「依存性」とまるで神であるかのような「畏怖」を与えることで、他者・自者を傷つけ、時には命を奪う「化け物」になり始めてから久しい。欧州では慌ててSNSへの規制を決めたが、すでに遅いのかもしれない。
  • そんなことを考えていた時、ふと友人からの以下の文章を読んだ。ごく短い文章だ。しかし、目が離せず、共感している自分がいる。
  • <SNSでマスと共有不可のもの20>

[身体・五感に閉じたもの]

1. 三十分の坐禅の中盤で訪れる、思考が止まる一瞬

2. 長期巡礼で足の裏に蓄積する、痛みと感覚の記憶

3. ワインの香りを最初の一秒で感じ取る、訓練された嗅覚そのもの

4. 出汁の引き加減を指先で判断する、職人の身体に染み込んだ知

[関係性に閉じたもの]

1. 夫婦が三十年かけて作り上げた、言葉にしない暗黙の合意

2. 親が子の寝顔を見つめる、誰にも撮らせない数分間

3. 古い友人と再会した最初の十秒の沈黙

4. 親しい同士でしか通じない、表情の機微の解釈

[時間蓄積に閉じたもの]

1. 二十年かけて育てた庭の、季節ごとの変化の記憶

2. 一つの仕事に三十年向き合った人だけが知る勘所

3. 同じ寺に毎年通い続けた人の、住職や境内との関係性

4. 長年の顧客との間に蓄積した、契約書に書かれない信頼

[場と居合わせに閉じたもの]

1. 撮影禁止の能舞台で、観客全員が呼吸を止める瞬間

2. ミシュランの厨房で交わされる、客には聞こえない指示

3. 結婚式や葬儀の、当事者にしか流れない時間の質感

4. 会員制クラブで初めて受け入れられた瞬間の安堵

[内面・思弁に閉じたもの]

1. 数学者が問題を解いている最中の、外からは見えない集中状態

2. 重大な決断を下す直前の、経営者の数日間の逡巡

3. 美術館で一枚の絵の前に三十分立ち止まる、その人だけの体験

4. 死別の数年後にふと訪れる、静かな受容の瞬間

これらに共通するのは、「SNSで切り取った瞬間に本質が抜け落ちるという構造」だ。写真に撮れても、それは記号化された残骸であって、経験そのものではない。これらは「コンテンツ化耐性」を持つものの典型例であり、今後の生き方やビジネスのヒントになりうるのではないか。

  • 独立系コンサルティング「フロンティア・マネジメント」を立ち上げた松岡真宏君によって書かれたこの文、多くは語るまい。語れば余韻が消える。ただ、このやや抒情的でもある20のコメントは「リアル」の重要さを主張する。AIやSNSに感じる、興味深いけれども消えないモヤモヤの正体を浮き彫りにする。
  • 松岡君の書く文章はいつもそうだ。「百貨店が復活する日」「問屋と商社が復活する日」「持たざる経営の虚実」「経営者のための正しい多角化論」などなど、彼はいつも「それは本当ですか」と、常識とされていることに真っ向から疑問を呈し、そして論破してきた。いまや「商社不要論」はウォーレン・バフェット氏の大量の商社株への投資を引き合いに出すまでもなく、どうやら一部のブームでなかったらしいことが明らかになっている。
  • 「新しいものにはどうも慣れなくってねえ」と頭を掻いていれば許された「気持ちにあそびがある時代」が消えつつある。「知らないものは去れ」、そう言われる中、人を幸せにするはずのツール、プラットフォームに、逆に追い詰められている私たちがいる。私たちの生活でごく自然の行動である流通・小売・消費生活というものまで「記号化」され、リアルな息吹を失うのかしれないこと。冒頭の二通の返信は、それへの懸念を端的に示しているようなそんな気がする。

(了)

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