• 小売業で「ウリアラ」という言葉がある。これは「売上(ウリ)」+「粗利益(アラ)」のことで、店舗などの現場で収益を上げるのに最も基本的で重要な管理指標、KPIだ。まずは売上高を上げるために、魅力的な商品やプロモーション、接客や陳列を行うこと。そして、より高い荒利益率を確保出来るように、有利な原価により荒利益を確保し、適正な発注や在庫管理、また万引きなどの不明ロスを減らすことが現場・店舗における「一丁目一番地」の重要なこととなっている。
  • しかし筆者はこれが、今や多くの上場企業の脅威の的となっているアクティビスト、物言う株主からの強い要請や批判に事業会社が弱腰でいざるを得ない理由ではないかと考えている。理由は簡単だ。「ウリアラ」で成果を上げることを求められ、その成果が昇格昇進や経済処遇に直結する時期を長く経験するスタッフにとって、「ウリアラ」確保は絶対指令であり、体に染みこんでいる。一方で企業の最終利益は、この粗利益から販売管理費、営業外収支、特別損益、税金を差し引いたもので計算される。つまり株主や取引先はこの最終利益の状況、またバランスシートの状況を見て当該企業の経営力を評価し、取引交渉の基礎情報とする。
  • しかしながら、店舗の現場段階ではこれら販売管理費は直接販売や店舗保持や人件費などの直接的に店舗にかかる経費はもちろん、本社配賦分として按分して各店舗が負担する経費などが意識されることは極めて稀である。筆者が取材した限りでは、「ウリアラ」主義は店舗の販売員はもちろん、企業によっては店次長レベルまで、それで人事評定をされ、店長となった段階でその店の賃料や人件費、水道光熱費などの直接販売管理費まで含めて「店舗段階での営業利益」で評価されるようになるところが多いようだ。もちろん、システムコストや金利負担などを含めた様々な本社が担っているコストを店舗ごとに按分して負担する「本社配賦経費」については念頭にない。これはそれを意識させていないという店舗収益管理にあるし、また「本社配賦経費」は管理会計上しばしば基準が変わるため一定ではないためだ。
  • こうして育成された人材は、「ウリアラ」という身に染みついたものに、販売管理費を管理職になってから取り組むことになるため、財務経理に対して極めて理解が薄くなる。ましてや、本社部門が行う資金調達や最適資本構成、株主が保有する議決権の管理(=大株主管理)や、今流行りのWACC(資本コスト)やそれに対応するROIC、ROEといった収益指標が十分かどうか、また、長く話題になっているPBR1倍割れの意味や問題などについては理解できるのは、役員、重役クラスになってからである。有り体に言えば、あまりにも店舗の分かりやすい収益ばかりを気にする人材育成をしていることで、企業全体がどうあるべきかを考えられる人材が極めて少ない。
  • 問題はこのことが、企業全体、店舗全体の最適コスト構成や資本構成に対する意識を希薄化させ、そうした「経理や財務や資本効率などの数字管理の教育と理解の不足」がアクティビスト、物言う株主の台頭をゆるし、彼らが指摘する経営問題への正当な反論ができなくなっていることだ。アクティビストは当該企業の収益性に寄与しない事業や部門を見つけ出し、それを保持していることを非難したり、WACC(資本コスト)に見合った収益性が出ていないこと、過度な現預金を保有して資本効率を悪くしていること、また、それらがPBR1倍割れといった株主にとって不利益な状況が起こっていることを責める。
  • ただ筆者がどうも得心いかないのは、彼らの保有する株式=議決権はせいぜい10%、通常は1~5%程度であり、その状況で自社のウエブサイトや公開質問状で当該企業を問い詰めるという「情報戦」行為にでることだ。いや、株主にとっては経営陣に対する疑問を提起することは正当な権利であり、そのこと自体にはなんら問題はない。しかし、彼らからのそうした問題提起を受け取った企業は、自社の株式が買い集められて議決権を失うのではないかと不安になったり、株価がさらに低下するのではないかと心配したりし、アクティビストに対して過剰に対応するところが極めて多い。
  • 記憶に新しい所では、セブン&アイ・ホールディングスは日本の優良小売業として有名だったが、アクティビストからの接触で、彼らはグループ収益の足を引っ張る百貨店の事業分離を激しく迫った。しかし、彼らが保有していた株式=議決権はわずか1%程度であったことが明らかになっている。
  • 日本では会社法で33.3%を超えて株式を保有すれば特別決議で「拒否権」を持つ。ただこれは決定権や特別決議の提案権があるわけでなく、あくまでも「拒否権」にとどまる。過半数の株式を持てば取締役の選任退任や役員報酬の決定や剰余金配当決定などの「普通決議」の権利を持つが、それでも「定款変更」「M&Aや組織再編」「会社の解散」「減資」などの特別決議の議決権は66.6%を超えて株式=議決権を持たねば保有できない。
  • つまりは、1%や数%や10%程度の株式=議決権を持つ株主は、経営陣に問題提起する権利はあっても、それを決議する力はない。にも関わらず、アクティビストが少数株主を保有しただけで、天地がひっくり返ったように驚く企業、そしてそれを大々的に報道するメディアの態度は日本の法律制度を全く理解しっていないと言うしか無い。なによりも、当事者である企業の慌て蓋めく態度は、「ウリアラ」に慣れきって、企業全体の資本政策や効率性、財務経理状況について理解出来ていないからだと筆者は感じ感じざるを得ない。
  • アクティビストが好む提案に「過剰な現預金を持っていることは資産効率を悪くすべきなので、自社株買いをして株主に還元せよ」というものがある。実際多くの事業会社がそれを行っている。しかし、ここにはあまりにも今の金融業界の状況を知らない「無知」さが宿っているように思う。マイナス金利時代を超えた銀行はいまや高い貸し出し金利を持ち、なおかつ難しい経済状況を背景に貸し出し与信は厳しくなっている。コベナンツをつけなければ貸し出ししないこともしばしばだ。また株式市場も時価発行増資などで資金調達しようとすると、株数が増えて一株当たり利益が希薄化するということで株主から強い反対を受ける。つまり、現預金を株主に返すのは結構だが、必要になった特にすぐに資金調達=ファイナンスできる状況に今の日本はないということを丸っきり無視した要求を突きつけられていることにあまりに無頓着だ。企業は赤字だから破綻するのでは無い。資金繰りが立ちゆかなくなるから破綻するのだ。だからこそ、現預金保有比率、資金繰りは企業の生命線だ。そんな基本的なことが理解されていない。
  • 最後に筆者が言いたいのは、問題の本質はアクティビストの強欲さだけにとどまらないということだ。より深刻な病理は、東証や市場が「PBR1倍割れ=経営の怠慢」と一律に企業の責任に帰しているその前提自体が、決定的に間違っているという点にある。筆者が全国の地方企業を訪問し取材を重ねる中で、非常に多くの経営者がこの不条理に頭を抱えていた。業績を地道に改善させ、誠実な資本政策や株主還元を愚直に実行しているにもかかわらず、一向にPBR1倍割れから脱却できない企業がゴロゴロと存在するのだ。その理由は、企業側の努力不足だけではない。むしろ、買い手である機関投資家サイドの、きわめて「つまらない」3つの構造的怠慢によるものだ。
  • 第一に、「時価総額の壁」という運用の効率主義だ。巨額の資金を動かす大手のファンドマネージャーにとって、時価総額が数十億~数百億円程度の中堅・中小企業(スモールキャップ銘柄)は、どれだけ優秀であってもポートフォリオ全体の運用成績に影響を与えない。そのため、社内ルールで最初から投資対象(ユニバース)から除外され、見向きもされない。第二に、「地方に対するリサーチ意識の欠落」だ。現在の証券アナリストや機関投資家は、手数料ビジネスに直結する大型株や、東京近郊の華やかなIT企業ばかりを追いかけ、地方に隠れた「真珠」を泥臭く自分の足で探そうという職人気質を完全に失っている。そして第三に、最も痛烈に批判されるべきは、運用会社による「出張旅費のカット」というお粗末なケチ精神である。昨今、世界的な手数料引き下げ競争に晒された運用会社は、調査部門の予算を徹底的に削っている。その結果、地方企業への対話はすべて画面越しの「リモートミーティング」へと置き換わった。しかし、画面越しに送られてくる整えられたPDFの数字と薄い対話だけで、何がわかるというのか。経営者の眼光、工場の整理整頓のレベル、店舗に流れる活気、従業員の働きぶりといった、企業の未来を占う上で最も重要な「非財務情報(定性的な強み)」は、東京のオフィスに引きこもっていては1ミリも肌で感じることはできない。情報が「薄い」隔靴掻痒の状態で下される投資判断が適正な株価を形成できるはずもなく、地方企業は構造的な「情報の非対称性」の被害者として、PBR1倍割れの底に沈められているのである。
  • 日本の小売業が、長年の「ウリアラ主義」によって経営陣の財務マネジメント力や理論武装の機会を奪われてきたことは、企業側が真摯に反省し、克服すべき課題である。経営層が「資本の言語」を学び、自社の現預金の正当性を堂々と市場に説明できるようにならなければ、今後も外圧に怯える過剰防衛は終わらない。しかし同時に、筆者は現在の資本市場の歪みを企業の責任だけに押し付ける風潮に、強い疑問を覚える。自らは1円の旅費すらケチって東京のオフィスに引きこもり、画面越しの薄いデータだけで企業の生死を弄んでいる投資家たち。そして、その買い手側の怠慢を棚に上げ、「1倍割れは企業の恥だ」と一律に鞭を振るう姿勢こそ、机上の空論であり、ある種の「いじめ」ではないか。
  • 真に是正されるべきは、地方の優良企業を「構造的に無視」し、短期的な数字だけで企業の命綱をむしり取ろうとする、現在の日本の資本市場の冷淡さと怠慢そのものである。自らの足で歩き、現場のリアルな息遣いから真の企業価値を見出すという、投資の本質を取り戻さない限り、日本の株式市場に未来はない。筆者は全国の現場を歩く一人として、今後もこの主客転倒の構造を監視し、声を大にして問い続けたい。

(了)

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