▼ ”Don’t trust over30″、30才をこえたヤツなんか信じるな。それが1960年代の若者のスローガンだった。しかし、人は必ず年をとり、30才を迎え、それをこえる日が来る。そこで後悔するか、フッと笑って仕方ないさと流すか、それはその人次第。でも、吉田拓郎は、「ふざけんな、30こえても俺は俺だ」とこの名盤を作った。

▼ 月一度金曜の夜に持っている自分のラジオ番組でこれが昨日流れた。雷に打たれたようになり、そして震えた。俺はちょっと肉体的にも精神的にも疲れて、ちょっと混乱していた。年だし寝ないともたないな、とベッドで潜り込んで、寝るまでの間と聞いた番組でこれを聞いてしまった。初めてこの曲を聴いた高校生の頃の自分を思い出す。誰もがそうであるように、最も尖っており、最も熱い時代のひとつだ。もちろん、俺もそうだった。怖い物は何もなかったし、でも不安だけはしっかり強気の自分の背中にいつも貼り付いていた。

▼ 「動けない花になるな、転がる石になれ」という始まりの歌詞はいうまでもなく、世間で言われ、そして自分も言ってきた自分の殻を破る宣言だ。そして終盤に彼はこう歌う。「ついて来る世代に恥じないように、届かない世代に恥じないように」。世代間での考え格差が大きくあった時代の歌詞だ。彼に「ついて来る世代」に属した自分は感謝しながら、曲を聴き終えた。

▼ 一方で吉田拓郎は今年限りで音楽生活を終える。最初は乗り気では無かった軽いタッチの土曜の夜の番組「LOVE LOVE 愛している」で共演させられた、ジャニーズ事務所の当時はチャラい兄ちゃんコンビのKinKi Kidsとファイナルレコードを作成して、彼は音楽生活を終える。ローリング30を作った頃から多くの時間が過ぎ、避けられない老いや病に苦しみながら、同時に彼は彼が生き方をかけた音楽に生活を終える決心をした。それは若いときの噛みつくような彼のパフォーマンスと一見矛盾しているようで、全てをあるがまま受け入れることができるようになった彼の円熟を感じる。

▼ 新型コロナウイルスが世界を覆い、今もなお社会は混乱している。彼が最後のライブを出来ずに、アルバムだけの作成で音楽生活を終えることに対しては悩みがあったことは想像に難くない。しかし、それを彼は受け入れたし、一方でこの状況が創り出した、誰もが新しい手段で人と繋がり、自然発生的に仲間を増やしていけることはこれまでになかった社会の到来を期待させる。

▼ 若いことだけが価値ではないし、年を重ねて経験を積んだことだけが価値でもない。その両方をあるがまま受け入れる覚悟をできることが価値なのだ。彼は決して若さを否定しない。20代の時はもちろん、30代、40代、50代、60代、70代と常にかれはインタビュアーの「若いってどう?」と聞かれるたびに、「若いというのは素晴らしい事ですよ」で一貫していた。

▼ この番組の冒頭では1970年24才に作った名曲「イメージの詩」が、2021年10才の女の子によってカバーされた同じ唄が連続で流された。聞き慣れている彼の唄の方がいいに決まっていると思って聞き比べると、歌詞の意味も明確には掴めてはいないだろう10才の女の子の唄の方が、すっと胸に入ってくる。これが若さと言うことか、ひとりごちて僕は眠りについたのだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です