• 昭和歌謡がブームだ。今日もふと出張先でラジオ(正確にはradikoというアプリ)を立ち上げたら、流れてきたのが「いつでも夢を」。1962年に橋幸夫さんと吉永小百合さんが歌った昭和歌謡の名曲中の名曲だ。多くのアーティストがカバーしているのと同時に、NHK朝ドラの「あまちゃん」で頻繁に登場する曲でもある。その理由を、脚本を書いた宮藤官九郎さんは「この曲がドラマの世界観を表している」からだと仰っている。なるほど確かにここで歌われるテーマは普遍だ。それはタイトルに集約されているー「いつでも夢を」。
  • 参院選が終わった。昨年の衆院選、今年の東京都議選にもまして、この参院選ではSNSの情報が投票に多くの影響を与えた。しかしながら、その膨大な情報量に有権者は、少なくとも筆者はついていけなくなっている。なにせ1本の動画を見るのに数十分かかる。色々と忙しい日々で、何本の動画や投稿をチェックできるのか。おまけにデータや情報は多く集めれば集めるほど、ノイズが増加し、ことの本質を見失うリスクが高まる。「SNS選挙は、もう今回で終英、また原点回帰するのじゃないか?」が率直な印象だ。この時代を見越していたような田中角栄氏が語った言葉は今も選挙の鉄則として輝きを維持している。「お前な、歩いた家の数しか票は出ないんだよ。握った手の数しか票は出ないんだよ」。
  • 先日、ある食品製造業を訪ねた。その地域では有名なプロダクツを100年以上にわたって製造している老舗だ。規模は必ずしも大きくはない。年商は10億円に満たないという。株式公開もしていないし、誰がこの企業を経営するかで過去には何度もスタックしそうになったそうだ。古い生産設備と少ないマンパワーは彼が経営を承継した20年前で既に限界。社員はほぼ全員60代。社長になった途端、唖然呆然。ちなみに彼の前職は有名経営コンサル会社のコンサルタント。「あの~、どうしてそれなのに引き受けたんですか?」と訊くと、「だって、これより悪化のしようがないじゃないっすか。だから良くなるしかないと思ったんですよ。まぁ、あとは潰れるかね!」と。しかし同時にこんな言葉も付け加えてくれた。「このプロダクツ、以前は10社近くの競合があったのだけど、戦後、事業を再開したのはウチだけだったんですよ。だから競合ゼロ。それもいいかなと思って」。なるほど慧眼だ。
  • その後、話はあっちこっちに飛んだのだが、工場移転増設のために投資資金を借りたところにコロナ禍。絶体絶命。私財を投じたり、借入金のリスケジュールをしたりしながら、なんとか乗り越えて今に至るという。後年、それを含めた波瀾万丈を母校で「中堅企業の現実」として特別講義したら聴衆の学生から絶賛を受けたという。そりゃそうだ、こんなライブ感溢れる生々しい話はそうそう聞けるものじゃあない。借入金の返済は今もほそぼそと続けてますよ、と語る彼が目を輝かして続けて語ったのが、なんと米国市場の開拓であったことには仰天した。え?、国内でも食べる人が減っているというこのカテゴリ-で米国進出?。
  • そのきっかけは商工会か何かが企画した米国の食品ベンダーの展示会を見に行ったことだという。エッジの効いた異なるメーカーの商品を小箱に入れて届けるサブスク、今では結構流行っているこのビジネスに彼は可能性を感じた。「うちのも入れてくれないか」、そうサンプルを渡したそうだ。幸い、メインプロダクツは商品自体の水分含有量の少なさやパッケージと脱炭素剤によって賞味期限は長い。それでも、念の為、米国にプロダクツを送り、そこで梱包、消費者に配送しても十分賞味期限が持つように、包装材料のフィルムをアップグレードして賞味期限は一年間にしたという。結果は大当たり。日本では「もうこの類は食べないですよ」と言われるカテゴリーだが、米国の消費者の評価は「ヘルシーでクール」だったそうだ。昭和歌謡ブームが年配者のノスタルジーでは無く、相対的に若い層による評価でブームとなっているのと同じく、違う視点を通すと「古くさくつまらないもの」が「ヘルシーでクール」になる。
  • ちなみに彼のモットーは、「自分で行って、話して、売り込む」。営業にやって貰ったらどうですか?と質問したら、「佐々木さん、ウチみたいなちっちゃいところには、そんな営業出来る人間なんて来ないの!」と一笑に付された。うん、そりゃそうだ。でも、それが幸いした。そして「自分が直接行って、見聞きして、チャンスがあれば売り込む」という方法は、また新しい販路開拓を生みそうだという。要するにネットによる中間流通業なのだが、ネットだから当然扱い品目はロングテールでいくらでも広げられる。扱いロットも小さいところから大きいところまで自由自在だ。
  • そんなことを語る彼の「熱量」の高さは素晴らしく、話に引き込まれて気がつくと3時間を超えていた。さすがに社長の仕事をこれ以上邪魔してはいけないと辞去した。そして、帰りの電車で思ったのが、規模や収益率は確かに大事だが、結局は経営者がどれだけ「熱量」を維持できるかなんだなぁと納得させられた。そう、まさしく「握手をした分しか票は取れない」から、彼は自分で直接動くのだし、その原動力は「いつでも夢を」だ。そこには、SNS選挙の動画や投稿にあるような、妙に斜に構えた姿勢などはみじんもない。頭と足を使いながら、前進あるのみ。その源泉は「ダメ元」だ。「やって失敗する後悔より、やらない後悔の方が大きい」、よく言われるこのことを彼は実践しているに過ぎない。市場や顧客は創造するもの。だから、彼のターゲットにできる市場は無限にあると信じている。その理由は自分のプロダクツに自信があるからだ。
  • 新設移転した彼の本社と工場はある政令指定都市の郊外にある。最寄り駅でタクシーは待てど暮らせど来ない。アプリで呼ぶか、タクシー乗り場に書いてあるタクシー会社に電話して呼ぶ。はっきりいえば、なかなかな田舎だ。でも彼は言う、「いや~、ここいいでしょ!。広々としていて、空が広くて、空気がうまい!」。どこまでもポジティブな彼なのである。「いつでも夢を」、彼はそれを実践している。

                   (了)

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