- 脱サラをして新規事業を開業・起業するという話は良く聞くだろう。では、どうした事業を行うケースが多いのか。2025年の日本政策金融公庫総合研究所の調査によると、一位サービス業(コンサルタント、デザインなど)27.7%、二位医療福祉16.7%、三位飲食・宿泊業14.4%、四位小売業10.5%、五位情報通信業8.0%、六位建設業6~7%である。一方で、中小企業庁の2023年中小企業白書によれば、閉業率が最も高いのも飲食宿泊業である。廃業率は開店後1年以内が20~30%、2年が35~50%、3年が50%前後、5年が60~70%、10年が85~92%、20年が95%以上である。このため一般的には「1年以内に約3割閉店」、「3年以内に約半数閉店」、「10年以内に約9割閉店」が飲食業の寿命と言われている。「旨い!」と思ったラーメン屋やレストランが、しばらくぶりに行ったら閉店していた、というのはコロナ禍だけでなく、しばしば経験するのもこの数字に裏打ちされている。


- そうした中、41年間営業を続けた飲食業を知っている。既に閉店したので宣伝にはならないので名前を明かせば、筆者の故郷である札幌の北34条という、幹線道路沿いではあるが街の中心からかなり離れた住宅地で営業していた「鶏が先が卵が先か(通称:二ワタマ)」という洋食レストランだ。幹線道路の向かいはパチンコ店に自動車教習所、店は三階建ての雑居ビル(一階だけが飲食)で、隣はスープカレー屋、二軒先は「ロイヤルホスト」という個人飲食店に取っては、相当に競争状況の悪い店だ。地方都市に必須の駐車場は無い。地下鉄の駅から8分と近いが、目の前の幹線道路以外は、周りはアパートとマンションに囲まれた完全な住宅地。おまけに41年の歴史で店には蔦が絡まっており、よほど強い動機があるか、近所でなければ、下手をすると存在すら知らないだろう。


- さらにこの店、ネット検索するとわかるが、過去にメディア媒体に登場したことが一度、しかも地元のFMラジオの取材でしかない。マスメディアの「食レポ」やタウン誌広告には載せたことがなく、自分達が発信しているブログ以外の情報発信はない。もちろん「食べログ」や「Googleマップ」などには掲載されているが、この時代、それは珍しいことではないだろう。ただ、顧客がSNSに投稿した写真は多い。








- 実はこの店1985年開業で、筆者が大学生二年生の時に開店した店だ。当時の私たち仲間は、小中学生向けの学習塾のアルバイト授業を終え、一度塾本部に戻って出席簿や日報などの報告書を返してから、「腹減ったなあ」と遅い夕飯に週に2~3度数人の仲間と出かけるのが常だった。そのため、来店時間は22~23時頃であり、開いていたのはファミリーレストランくらいしかない中、近くに下宿をしている友人も多かったこの店は「砂漠のオアシス」だった。ただ、自動車を持っている講師仲間の車で乗り付けるため、アルコールは厳禁。駐車場がないことは先に述べたから、多分近くに路上駐車したか、ロイヤルホストの駐車場に無断駐車していたのだろう(申し訳ない)。
- 店は松田さんと上野さんという二人の共同経営者で経営、切り盛りしていたのだが、これも考えて見れば41年間同じ共同経営者が経営を続けた例は極めて珍しい。共同経営スタイルは当初、同じ志を持って始めるものの、「収入格差への不満」「労働量の偏り」「経営方針の違い」「家族の介入」などで袂を分かつケースが多い。米国のスタートアップ調査では、だいたい5~7年以内に共同創業者の誰かが離脱するケースが殆どだという。日本で人気の高いAppleもジョブズとウォズニアックが創業したのが1976年でウォズニアックがAppleを去ったのは1985年なので9年間で共同経営が終わっている(ウォズニアックの関与が薄くなったため、実質的には5~7年が痛切)。それを考えると、出身地が違い、幼い頃からの友人関係でもなかった二人が41年間共同経営を続けたことは極めて稀だ。生成AIに尋ねると、「41年間・共同経営者で飲食業を続けられる確率は1%以下」であろうという回答であった。
- この「ニワタマ」の閉店を知ったのは先日、札幌に出張した際だ。出発時刻が最終便で固定された航空券であったため、久々に寄ってみようと思いたってネット検索をしたところ、出る情報出る情報「閉店」。おかしいと思って彼らのブログ( https://ameblo.jp/niwa-tama/ )を精読すると、なんと今年(2026年)の5月2日の閉店と出張の一ヶ月前の閉店だったという。
- そしてブログを読み進めるうちにさらに驚いたのが、閉店を常連客に教えると、貴重な休日であるゴールデンウイークの予定を変えて、別れを惜しんで来店してもらうのは申し訳ないという理由でブログには「改装のためお休み」ということにしてゴールデンウイークが明けたところで突然「今日で閉店です」と明らかにしたことだ。そのため、常連客からは「何故!」と多くの反響が山のように寄せられたという。ただ、共同経営者の一人の体調が思わしくなく、長期間の療養が必要であることがわかり、一旦閉店することとしたため、と簡潔に理由がブログで述べられていた。店舗は6月末まで片付けのために賃貸しており、突然の閉店の報告とお詫びのために閉店した店頭に模造紙でその旨を知らせたのだそうだが、いつの間にかそこに常連客からの書き込みがされて紙面が一杯一杯となり、筆者が連絡を取ることができた一ヶ月後には模造紙を20枚貼り替えたそうだ(多分1,000件近いメッセージが寄せられたと推定)。それだけでなく、見舞金をもって後片付けをしているところに訪れる顧客も多いが、療養に専念しているため、その「お返し」ができないということで、一切の見舞いは受け取らないことを二人で決めたと聞く。実に義理堅い。その代わり、治療が終わったら、小さい店を二人でまた始めようと約束しているそうだ。ちなみに二人の年齢は69歳、71歳である。


- 筆者は今号を単なる学生時代のノスタルジーで書きたかったわけではない。多くの飲食店が開店しては、数ヶ月もしないうちに閉店して、別の店になっている地域に住んでいる中。そして、消費産業の調査の中で飲食業の寿命が短く、また共同経営者での経営が様々なことからすれ違い、そして崩壊する中、41年もの間、有利とは言えない立地で共同経営を続けていた飲食店があることを伝えたかったからだ。しかも閉店の理由は共同経営者の体調によるもので、それがなければ41年という歴史はさらに伸びていただろう。テレビなどで「創業XXX年」とその長さを誇る店が紹介されることがあるが、殆どは後継者があとを継ぐ形である。しかし、同じ共同経営者が41年の長きにわたって同じ場所で、常連客が入れ替わる中で経営を続けることができた「魅力」はなんであったのかを考えることは飲食であれ、小売であれ、非常に重要なテーマを投げかけているのではないかと筆者は考えている。
- そして一言余計なことを言えば、これだけ全国でも珍しい長寿の飲食店がありながらも、地元マスメディアの取材はないらしい(らしい、というのは共同経営者がポリシー上断っているかもしれないからだ)。本当に素晴らしい店は、ひっそりと、ディスティネーションストアとして、常連客に支えられて存在し続けている。それが「消費」の世界の醍醐味なのだろう。療養をなさっている方の快癒と、そのあと二号店の開店がなされることを願ってやまない。そして、すべての消費産業は、こうした事例が多分全国でも密かに存在していることを知り、その「理由」はなんだったかを学ぶことを忘れないで欲しいと思う次第だ。
(了)