• 「ガバナンス」という言葉は完全に市民権を得た。新聞や経済雑誌、ビジネス関係のネットを開けば、この言葉に触れられていない日はない。AI的に模範解答を示せば「会社が暴走したり、不正をしたり、特定の人の好き勝手で動いたりしないように、会社を正しく監督・統制する仕組み」とのこと。うん、それはまことに結構。これが機能不全に陥り、企業スキャンダルになる例は最近でも少なくはない。
  • ただ、筆者が個人的に若干「違和感」を感じ始めているのが以下の補足説明だ。「次のようなものがガバナンスに含まれる。1)取締役会が社長をきちんと監督する、2)社外取締役を置いて、身内だけの判断を防ぐ、3)不正会計や利益相反を防ぐ、4)株主に重要な情報を開示する、5)経営陣の報酬や人事を透明に決める、6)法令や社内ルールを守らせる。かなり噛み砕くと、「会社の権力者をちゃんと見張る仕組み」のこと」。いや、教科書的にはそうなんだろうが、こんな複雑になった時代に、取締役や監査役だけで「ガバナンス」を守れというのがかなり無茶振りなんじゃないだろうか、ふとそんなことを感じる。
  • 2026年6月19日の日経新聞で「取締役の過半が「社外」、主要企業の4割に 欧米型の企業統治に移行」という記事が載った。内容はこのタイトルだけで分かるとおりだし、「社外取締役を増やして、ガバナンス不正監視の目としよう」という趣旨にケチを付けるつもりはない。ただ、この記事が出たのと同じ頃に、友人達とのSNSでの議論になったのが『「原因と結果」の経済学』という書籍に載っていた事例だ。それは、2000年代初頭のノルウェイで、上場企業の取締役会で女性比率40%以上というルールが導入された。しかし、その後、その企業の株価や投資決定指標の「トービンのq」などが低下し、企業価値は上昇しなかったという事例た。
  • 友人達と話題になったのは、この事例のように「取締役となる人物にルール付けしたからといって、それはガバナンスに有益だと言えるのか」という点だ。
  • ダボス会議(=世界経済フォーラム)では毎年男女格差を数値化した「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」というものが発表され、いつも日本は下位に位置するため、「日本は男尊女卑の野蛮な国だ」という論調が好んで日本のメディアで使われる。確かに2025年指数では日本は調査対象148カ国中118位だ。一方ノルウェイは第3位と毎年上位にある。これだけみると確かに日本はろくでもない国なのだが、開示されているその順位を算出する内容を見ると印象は変わる。この指数は「政治」「経済」「健康((女性が健康な生活を送れる医療福祉制度)」「教育(女性が教育を受ける権利を確保している度合い)」の四分野で女性がどういう扱いを受けているかを数値化して順位を出すのだが、日本は「政治」125位、「経済」112位と甚だ低いが、「健康」50位、「教育」66位と高い。で、さらに詳細を読むと「政治」は女性議員や女性総理・大統領が少ない、「経済」は女性経営者・取締役が少ないことが「政治」「経済」が低位の理由だ。一方、ノルウェイは「政治」4位、「経済」18位、「健康」130位、「教育」64位だ。
  • つまり、日本で男女格差(ジェンダー・ギャップ)が高いのは、「政治」「経済」への女性参画が低いからで、逆に日本の「健康」「教育」のレベルは高い。しかし、2025年10月に高市内閣が誕生し、女性議員比率もここ五年で衆議院は9.9%から15.5%へ5.6%増加、参議院は23.0%から29.8%へ6.8%増加している。それを織り込めば2026年指数は「政治」数値はかなりの改善となるだろう。
  • 話を戻そう。「取締役となる人物にルール付けしたからといって、それはガバナンスに有益だと言えるのか」、という命題だ。上記と同様でこの五年間で女性の取締役・監査役は約8.9%から約18.8%へと9.9%増加している(但し東証プライム、旧東証一部上場企業で、社内・社外取締役両方を含む)。しかし、筆者は寡聞にして女性取締役・監査役が増加したことで、「ガバナンス改革」が大きく進んだという印象があまり強くない。この理由として、増加している女性取締役・監査役は「社外」取締役・関西約で「社内」取締役・監査役ではないことだ。2025年数値でいえば、女性の社内取締役3.9%、社内監査役5.5%にとどまっているが、社外取締役36.5%、社外監査役22.3%となっている。
  • では「社内」取締役・監査役の割合が増加すれば良いのか。ことはそう簡単ではない印象がする。ノルウェイのケースでの正確な数字を持っていないが、ノルウェイが長くジェンダー・ギャップ指数の「経済」部門で高い数値を維持してきたことを考えると、社内・社内取締役と監査役が高いであろうと推定する。しかし、それでも冒頭に述べたように企業価値にそれがリンクしていないとするならば、「取締役となる人物へのルール付けがガバナンスに有益とは断定しにくい」と言えるかもしれない。
  • さらに友人達と議論になったのが、社外取締役・監査役が本当にガバナンスを正しく監視するのに役立つのかという点だ。ある友人は「経営の門外漢である『経営素人』に経営監視が出来るのか」と疑問を呈する一方、別の友人は「当該企業の事業経営に関しては門外漢であっても、ガバナンスと企業経営一般について門外漢ではないのだから社外取締役・監査役は重要である」と真っ向からの反論。なるほど、これは難しい。
  • 本コラムは二人の友人のどちらが正しいかを述べるのが目的ではない。ただ、上記の日経の記事にあるように社外取締役・監査役を増やすことでガバナンス監視が進むとは容易に結論づけられないと言う疑問を呈したい。筆者は一期二年という短期間ではあるが、上場会社の社外取締役をさせていただくという光栄に浴した。貴重な経験だったが、二つの点でガバナンス監視力については若干のモヤモヤして気分が残滓として残っている。一点目はガバナンス違反が起こった時の訴訟や刑事罰などの責に対応できただろうかということだ。確かにそうした事態に対応する「D&O保険(会社役員賠償責任保険)」に加入させていただいていたが、それでカバー出来ないケースもあると聞く。刑事罰となるとさらにその責は重い。二点目は取締役・監査役ともにその報酬は当該企業から支払われていることだ。利益処分案、株主総会決議などの手続きで決まるとはいえ、その原資が、ガバナンス監視にあたるべき先からいただいていることの若干の居心地の悪さは残る。ガバナンススキャンダルがあった際に、利害関係のない第三者委員会が設立されて、そこで調査をすることを考えると理解しやすい。また、指名報酬委員や監査道委員も同様の理由でどこまでの独立性を担保出来るかは難しい問題だ。
  • ガバナンス強化への株主や社会の要請は高まっていることはわかるのだが、どんどん重くなるその責に身なうだけの「何か」が与えられなければ、ガバナンスの監視人としての社外取締役などは成り手が減るのではないか、そんなことを懸念している。ガバナンス遵守という錦の御旗を振りかざして経営者や取締役を追い詰めることで、莫大なマネーを得ることができるという「ゲーム」プレイヤーが次々に出てくる状況は、一方的に相手を責め立てる「カスタマーハラスメント」に似ている構造のようにも思えてしまう。本来の意味での「ガバナンス」のために、今、みなおすべきことは何なんだろうか。

(了)

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