- 先日、昔の仕事仲間が集まり、久しぶりにざっくばらんな話をする機会があった。産業界の話から個別企業、政治、経済、果ては健康や家族の話まで、例によって話題はあっちへ飛び、こっちへ飛ぶ。その中で、ある企業の元経営者が漏らした一言が妙に頭に残った。
- 「僕、仕事から離れて久しいんやけど、ある意味で外から見ていると、『なんでそんなに悲観的で、縮み思考なんや』と思うことが多いんですよね。そりゃ進化や変化につれて、不安や読めないことは増えとるけど、『それをビジネスチャンスにしたれ!』と考える人が、えらく少なくなったんと、ちゃいます?」
- 会食の席では次の話題へ移っていったのだが、筆者はその言葉をずっと考えていた。確かに新しい技術、制度、価値観が次々と出てくる。63歳の自分には「もう勘弁してくれ」と思うことすらある。そして子供の頃にSF小説を読んで「未来はすごいぞ」とワクワクした感覚より、「何だか恐ろしいことになるのではないか」という話を耳にする機会の方が増えたように感じる。
- 例えば、いま話題の「食品の消費税減税」である。政府は2027年4月から2年間、現在8%の飲食料品の消費税率を1%に引き下げる法案を国会に提出した。さらに所得に応じた給付を組み合わせ、全体として「実質ゼロ」にする考えだ。現時点ではまだ国会審議中だが、実現すれば家計には明らかな負担軽減になる。
- ところが、報道や業界の会話では「財源はどうする」「2年後に8%へ戻した時の反動が怖い」「外食は対象外だから内食へ客を奪われる」と、心配事の方が先に並ぶ。もちろん、どれも無視してはいけない論点だ。外食は10%のままなので税率差は9ポイントにもなり、外食業界に不利になるとの懸念も現実にある。そのため政府も食品事業者だけでなく農林漁業者、外食事業者への支援策を検討している。


- しかし、冒頭の元経営者はこう言った。「税金が安うなるのに、その業界の人が『危機や』言うてるのが、よう分からへん。外食が10%のままなら、小売業は減税された分を使って原材料や製法を良くして、外食に負けへんくらいうまい商品を店で売ったろ、くらい考えたらええやないですか。2年後に税率が戻る頃には、外食の方が『えらい競争相手を育ててしもうた』と音を上げるくらいにしたろ、と。そういうのが商売人とちゃいますの?」
- 少々乱暴ではある。でも、言わんとしていることは分かる。問題があることと、そこに商機がないことは別問題なのだ。
- AIも同じである。最近はAIを開発している企業自身が、その進化速度に警鐘を鳴らし始めた。Anthropicのダリオ・アモデイCEOやOpenAIのサム・アルトマンCEOらが開発速度について慎重論を口にし、OpenAI自身も今年8月、高度なサイバー能力に対する安全策を整えるため、最先端モデルの訓練ペースを一時的に落としたと公表している。AIがAI開発を助け、さらに能力の高いAIをつくる「再帰的自己改善」の可能性まで議論されているのだから、怖くなるのも無理はない。もっともAnthropic自身も「まだそこには到達しておらず、不可避でもない」としている。


- そこへ最近のサイバー攻撃が重なる。タイムズカーでは不正アクセスにより約160万アカウントで運転免許証画像などの本人確認書類まで漏えいした。これだけでも十分に怖い。AIによってサイバー攻撃の自動化や低コスト化が進み、技術の低い攻撃者でも高度な攻撃をしやすくなっているとの指摘もある。ただし、タイムズカーの事件そのものにAIが使われたと確認されているわけではない。そこは分けて考える必要がある。
- ではAIは映画「ターミネーター」のスカイネットへの一本道なのか。どうもそう単純でもない。OECDが7カ国5000社超の中小企業を調査すると、生成AIを利用している企業は31%、利用企業の65%が「従業員のパフォーマンスが向上した」と答えた。日本企業でも24%が利用している。人手不足が深刻な日本では、AIは人間を不要にする技術というより、一人の人間ができる仕事を増幅する道具になる可能性も大きい。
- SNSもしかりだ。総務省調査では、LINEの利用率は92.9%、YouTube81.5%、Instagram54.8%、X44.7%、TikTok36.7%に達する。もはや一部の若者の遊びではなく社会インフラである。筆者自身、昔の友人を探したり、専門家の意見を知ったりするのに随分助けられている。体が不自由で外出しにくい人でも人間関係を築いたり在宅勤務で収入を得られる仕事を見つけられる。また、個人が動画や文章を発信して収入を得るという、昔なら巨大なテレビ局や出版社を持たなければ不可能だったことまでできるようになった。冒頭の元経営者もリタイヤ後、大学で勉強しながら、学んだことや身の回りで起こった事を動画にしてYouTubeで公開し、動画によっては1万回の再生を得たそうだ。そう、上手なSNSの使い方は、とかく暗く語られそうなリタイヤ後の人生のQOLをも上げる。


- 一方、フェイク画像や動画、匿名の誹謗中傷、大量の情報に疲れて「デジタルデトックス」が必要になる問題もある。OECD調査では、SNSをニュース源として「あまり、または全く信用しない」という人が57%に対し、「非常に信用する」はわずか9%だった。実に妙な話だ。みんな使っているのに、みんな疑っている。しかし、だからSNSを無くして昔に戻ろう、とはならないだろう。情報を得る能力だけではなく、「これは本当か」「これは自分に必要か」と選別し、不要な情報を捨てる能力を人間側が身につける必要が出てきた、と考える方が自然だ。
- もう一つ、筆者が最近「変わったなあ」と感じるのが女性の社会参画である。日本で初めて女性が首相となり、高市政権では片山さつき財務相、小野田紀美経済安全保障担当相、鈴木貴子自民党広報本部長など、女性政治家が政策の前面に立つ場面も目立つ。2025年の参院選では女性当選者が42人、当選者の33.6%と過去最多だった。企業側も、全上場企業の女性役員比率は2013年の1.8%から2025年には14.0%へ上昇し、プライム市場では17.7%となった。十数年前と比較すれば大変な変化である。だから世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」でつねに「女性『非』活躍」社会と評されている日本も、その順位をあげていく可能性が高い(2026年は117位だった)。


- もちろん筆者は、反対意見や慎重論を全部「縮み思考」と呼んで切り捨てたいわけではない。食品減税の財源問題も、AIの安全性も、SNSの偽情報も、女性登用を単なる「数合わせ」に終わらせないことも、本物の問題だ。危険を指摘する人は必要である。ただ、「危ない。問題がある。だからやめよう」で思考を止めてしまえば、同時に存在するチャンスまで捨てることになる。「危ない。ではどう安全に使うか」「副作用がある。ではどう小さくするか」「変化が起きている。では自社はそこで何を売るか」。そこまで考えて初めて、企業経営の「変化対応」になるのではないだろうか。
- 考えてみれば、日本は長い「失われた30年」の間に失敗を恐れることを覚え過ぎたのかもしれない。新しいことを始めれば、まずリスクを列挙する。何か問題が起きれば規則を増やす。それ自体は悪くない。しかし、ゼロリスクになるまで待っていたら、たいてい商機の方が先にどこかへ行ってしまう。「羹に懲りて膾を吹く」という。熱い汁物で火傷したからと、冷たい膾までフーフー吹いて食べる必要はない。ましてや全員で一斉に吹く必要もない。皆が「危ない、怖い」と縮こまっている時に、「では、この問題を解決したら商売になるのでは」と一歩前へ出る企業がいてよい。
- 冒頭の元経営者の言葉を借りれば、「それをビジネスチャンスにしたれ!」である。少々行儀が悪くても、「他人の不幸は蜜の味」とほくそ笑む悪代官くらいのアクの強さが、今の日本企業には少し必要なのかもしれない。危険を見ない楽天主義ではなく、危険を見たうえで前へ出る。それこそが、縮み思考から抜け出す一番現実的な方法ではないかと思う
(了)