• 最近は少々重い話題が続いたので、今回は「軽い」話題というか、いやいや単なる「オッサンの愚痴」である。渋茶でもすすりながら、お読みいただければ。
  • 9月頃以降、やたらと企業から「個人情報流出」が発表された。最初はまたか、くらいだった。ところがタイムズカーでは運転免許証など本人確認書類の画像約146万人分に外部送信の痕跡が確認され、対象者には3,000円のお見舞い。にわかに「またか」では済まなくなった。個人情報保護委員会の集計では、4月1日から10月16日までの不正アクセスに関する報告は2,094件、漏えいまたはそのおそれの対象は延べ約2億6,000万人分。民間調査では1月から10月27日までの公表事案224件、延べ約3億2,900万件という(日本の総人口の2倍以上じゃん!)。もちろん重複を含むのだけど、それでも尋常な数字ではない。
  • 世間では「タイムズほどの大事件が起きたので、今なら目立たないと、それまで漏えいを把握していた企業まで一斉に公表したのでは」という穿った見方まで出た。真偽は分からない。ただ専門家の分析を見ると、実際には7月頃から攻撃そのものが増えていたうえ、事件を受けた一斉点検による“発見の連鎖”と、調査・公表時期の重なりが同時に起きた、と考える方が自然らしい。
  • そうこうしているうちに、GMOインターネットの「お名前.com デスクトップクラウド」が攻撃され、FXの自動売買などに使っていた利用者の取引口座で身に覚えのない売買まで起きた。こうなると他人事ではない。自分の銀行口座や証券口座に侵入され、なけなしの預貯金やNISAで積み立てた投資信託まで解約されたらどうするのだ。
  • 慌てて注意喚起を見ると、「パスワードを使い回すな」「二段階認証やパスキーを使え」。いやいや、あれだけ膨大なサービス全部に違うパスワードを設定して覚えていられるものか。もうすぐ前期高齢者の仲間入りをする身には、相当に辛い。二段階認証だって、偽サイトに認証コードを入力させるなどして、すり抜ける手口がある。政府は10月1日、「サイバー対処能力強化法」の一部を施行し、一定の場合には攻撃に使われるサーバーへアクセスして不正プログラムを止める「能動的サイバー防御」まで始めた。GMOも政府にその適用を要請した。泥棒が増えたので鍵を頑丈にしたら、その鍵を持ち歩くための金庫まで毎日ポケットに入れて歩くことになったようなものだ。間抜けな話だ。
  • 昔は機械が単純だったから、人間が覚えることも少なかった。今は機械が賢くなったから、人間は何も考えなくてよくなった――はずだった。ところが現実には、パスワードを覚え、二段階認証を設定し、パスキーを登録する。iPhoneを買い替えれば、新旧2台を並べ、旧機種に出るモヤモヤした点々の絵を新機種で読み取れば、驚くほど簡単に設定やデータが移る。すごい。しかしLINEや一部の金融アプリは「これは別途引き継いでください」。アプリが山ほど入っているのに、どれが「別途」なのかは自分で知らねばならない。機械が賢くなった分、人間の仕事も増えてはいないか。
  • 似たことは最近何度もある。家族が「キャリアメールがつながらない。『IMAPパスワードを入力してください』と出るけど、どうしてなのよ!」と訴えてきた。いやいや、僕のせいじゃないんだけど。POPとIMAPの違いから説明し、AIも駆使してなんとかしようとしたが、あっちを見ろ、こっちを確認しろで埒が明かない。結局「キャリアショップへ行くのが一番早いよ」。すると面倒だから放置しているという。大丈夫かしらん。メールを送りたいだけの人間が、なぜ突然「IMAP」なるものを理解せねばならぬのか。
  • 自動車を乗り換えた時もそうだった。今風のクルマで、モデルチェンジ間近なので特別仕様車をおまけして貰えた…までは良かった。ところが納車日にドアがロックできない。翌日は駅まで家族を送り、荷物を出そうとしたらトランクが開かない。「何しているの!急いでいるのよ、役に立たないわね!」と叱られた。どうにも理不尽である。あとで調べると、車速連動ロックなどの設定との組み合わせだった。なるほど色々設定できるのは便利だ。しかし納車直後くらい、一番直感的な状態にしておいてくれても罰は当たらないと思う。
  • そしてSNS。ある夜、「覚えのない地域からアクセスがあったが貴方か?」と通知が来た。「すわ乗っ取りか」と設定を開けば、いつの間にか画面構成まで変わっている。安全にしようとして触っているうちに、今度は自分がアクセスできなくなった。またAIと格闘し、元に戻すまで4時間。結局、表示地域は必ずしも実際の場所とは一致しない場合があるらしい。時計を見ると午前3時。これでは利便性向上ツールどころか、寝不足製造機械だよ…。
  • 「安全性を高めるための設定」が、利用者にとって新たなリスクになっている。メーカーは機能を増やし、「あなた好みに設定できます」と言う。しかしそれは、「あなたにとって何が使いやすいかを決める責任を、メーカーから利用者へ移しました」とも聞こえる。昔は「このボタンを押せばこうなる」で済んだ。今は「この設定がONで、この条件ではこの機能が働き、ただし別の設定がONなら例外です」。機械は賢くなったらしいが、そのご機嫌を理解するために、こっちまで勉強しなければならない。
  • 懐古主義ではないが、時々ガラケーが恋しくなる。電話、メール、ショートメール、少しのネット。それで大きな不満はなかった。銀行や証券会社には出向く必要があったが、昔の不便は身体を使う不便だった。今の不便は頭と神経を使う不便になった。
  • だからといって、もうガラケーには戻れない。今や銀行も証券も「本人ならスマホで証明してください」と言ってくる。パスワードが危ないから二段階認証にし、二段階認証も危ないからパスキーにし、そのパスキーを使うためにスマホが要る。スマホ社会が生んだセキュリティ問題を解決するために、さらにスマホへの依存を深める。見事な「不可逆性」である。
  • 昔は「便利さ」と引き換えに多少の不便を我慢していた。今は「便利さ」と引き換えに、見えないリスクを個人が抱えるようになった。「高度化」と「使いやすさ」は同じ方向へ進むとは限らない。便利になったはずなのに、毎日「騙されるな、漏らすな、盗まれるな」と身構えて生きる。これを進歩と呼んでよいのだろうか。そう考えると、ときどき、電話とメールだけだったガラケーが妙に恋しくなる。

(了)

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