• 仕事で持ち運びしているノートパソコンが壊れた。正確には、指で文字を打つ部分(「キートップ」)が剥がれた。いや、不良品なわけじゃない。仕事しながら飲み物を飲んだり、クッキーを食べたりして、それらの残りカスがキーボードのすき間から入り込んで機械部分に悪さをしたらしい。しかも悔しいことに剥がれたのは「b」キー一枚だけだ。残りはきっちりと動く。
  • 最初は「b」なんて滅多に使わないし、多少強めに押せば反応していたので大丈夫だろうと呑気にしていたら、そのうちその「トップ」部分が完全に剥がれた。こうなると強く押そうがハケで掃除をしようともう遅い。あわれ35万円したフルスペックのノートパソコンは、たった一つの「b」キーが効かないため、外付けのキーボードをつけて持ち歩かなければ「字が打てない」という役立たずとなった。サポートでは定評のあるL社だから安心していたのだが、販売窓口から修理窓口へ回され、その修理窓口にはなかなか電話がつながらない。しかも0570のナビダイヤルである。「買う時は高かったのに、肝心な時には役に立たないじゃないか」と毒づきたくもなる。なにしろ、これがなければ仕事ができない。
  • そもそもこれを修理に出しちゃうと、その間仕事が出来ないから、仕方なくもう一台予備用を買おうと見積もりをとってビックリ。なんと同じスペックのPCなのに3年前35万円だったものが、今では59.4万円だと! おいおい、これ、中古の軽自動車買えるじゃないか。曰く半導体の値上がりが激しくて、だそうだ。そりゃそうだが、おめーさんのところからもう累計6台は買い続けているんだから負けろよと言いたくなったが、電話の窓口は冷淡だ。くそっ、とりあえず応急でいいのだからスペックの低い安いヤツを家電量販店で買ってやる!と重い気持ちを引きずって町に出た。
  • ところが、華やかなPOPの横に並ぶ展示機を見ると、メモリ16GB、SSD512GBといったものが多い。もちろん普通に使うなら十分なのだろう。しかし私の場合、複数のアプリを同時に立ち上げ、大量のデータを扱い、DropboxやGoogleドライブも常時使う。これまでの経験から、メモリ32GB、SSD1TB程度は欲しい。ところが、店内を歩き回っても、なかなか見つからない。しかも販売員に相談しても「使う人の環境しだいですねぇ~」と木で鼻を括ったようなことを言う。だから、家電量販店はキライなのだ。プロフェッショナルのような顔をして、ろくな商品知識もない。これならば愛用の生成AIに聞いた方がはるかに役に立つ。でも、生成AIではものが買えないので(以前書いたAmazonのRufusは全く役に立たないとわかり、AIエージェントは使うのをやめた)、売場で呆然としていた。
  • ところが捨てる神あれば、拾う神あり。以前、パートナーが使っていた某メーカーのPCは、独自のソフトがたくさん入っていて、それらが互いに干渉して動作が不安定になった。しかし、そこの新機種で、Windows 11 Pro、CPU:Core Ultra 7、メモリ:32GB、SSD:2TBで32万円というのを見つけた。しかも、メーカー直販限定機種らしく、余計なアプリがほとんど入っていない。そのぶん動作上のトラブルも少なそうだ。一も二もなく購入した。家電量販店のパソコン売り場でまともなスペックのマシン、しかもL社の半額だ。多少プラスチッキーだが、その分軽い!。持ち運びするマシンにとって「軽い」は正義だ。利用残高を気にしながらクレジットカードで買う。納期に3~4週間かかるというのはご愛敬だ。さっきまで「だから家電量販店は嫌いなのだ」と毒づいていた自分が、今度は「意外といいもの置いてるじゃん」と喜んでいる。なんとも現金なものだ。
  • ルンルンついでに他のフロアを見る。YouTuberが使っている「ゴープロ」という極小4Kカメラや持ち運びに良い小さいマウス、買えないけどYAMAHAの高級スピーカーNS-5000(198万円)に加えて、もう26年使っている我が家のプラズマディスプレイテレビの代替となる有機ELテレビなども結構安い値段で売っている事を知る。うーん、やはり実際に店に来てみると面白いものがごろごろある。クレジットカードを出すのを必死で我慢して、全フロアを回った。ちょっとイイ気分。
  • そんなことがあった少し後、もう一つ「実際に動いてみなければ分からない」と感じる出来事があった。店舗立地について貴重な教えをくださった方と、ちょっとした用事で連絡を取りたいと思う機会があった。とはいえ、もう20年はお会いしておらず、メールアドレスも古い。届くかどうか分からなかったが、ダメ元でメールを送ったところ、なんと!、驚いたことにご返事をいただいた。「元気?、たまには遊びにおいでよ」と有り難い一言も添えたご返信。すぐに日程を決めてすっ飛んでいく。オフィスは天下の表参道だ。一階は超絶ハイソサエティブランドの入るビルの、これまた超絶豪華なオフィス。そこに彼は変わらぬ仏様のような笑顔でいらした。話の内容も吃驚するようなフレッシュで意義深いことばかりだ。「実用一辺倒の時代だけれど、実は消費は何であれファッション(流行)なんだよ」というその言葉は金言。必要だから買うだけではなく、「欲しい」「面白い」「格好いい」という感情が人を動かす。それを忘れてはいけないという意味だろう。
  • 若い頃に読んだ本のタイトルが、ふと頭をよぎることが増えた。なかんずく寺山修司氏の「書を捨てよ、町へ出よう」は最近いつも思い出す。ITだDXだAIだと、机上ですべてデータを取得すれば何でもできるように思っているこの社会を筆者は懸念している。社会とか人間なんてそんなカンタンなものじゃない。もっと複雑でヤヤコシイものだ。コロナ禍でリモート会議のシステムは便利になり、多くのミーティングはリモートで出来るようになったが、しかしディスプレイの先に映る同僚や顧客の顔を見ても、どうもリアリティがない。大事なものは、ディスプレイの外側にあることが少なくない。対面で会っても、本当に面白い話は正式な商談より、むしろその前後の雑談から出てくる。しかし、リモート会議ではディスプレイの中だけを見て、対面で会っても雑談まで切り落としてしまった時、私たちは何か大事なものまで失っているのではないか。それは、あれほど「クソの役にも立たない」と思っていた家電量販店に実際に足を運んで実際に見てみると掘り出し物があったのと、何か妙に似ている。
  • 相変わらず経済雑誌ではAI、IT、DXがすべてを制すという記事ばかりだ。筆者の好きな自動車も自動運転になると特集ばっかりだ。しかし、自分でハンドルを握って知らない道を走り、ふと気になる場所で車を止めるような楽しみまで、効率化できるわけではない。それは運転自体が「楽しみ」ではなく「作業」もしくは「移動手段」でしかないからだ。真実はどこにあるのかと問われれば、「書を捨てて、町に出ること」にあるように思えてならない。何でもディスプレイの先に真実があるという考えは人間を堕落させるだけなんじゃないか、そんなことをふと考えている。ユニクロの服はとても安価で丈夫でセンスもいい。しかし、たまにはフラリと百貨店の特選コーナーに足を踏み入れることも必要なのではないか。そうでなければ、いつの間にか自分自身が、機能とコスパとタイパだけで物事を判断する、ずいぶんつまらない人間になってしまう気がする。そんなことを、家電量販店のパソコン売り場でふと考えた。

     (了)

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