• 企業に取材をさせていただく中で、ここ半年ほど顕著に出てくる話題が「資金調達への懸念」だ。筆者が主な調査研究分野としている消費産業、なかんずく小売業は「現金商売」と呼ばれ、一度起業すれば資金繰りは製造業などに比べて楽な産業であるというのが常識だ。これは、仕入先に代金を支払う期間よりも、在庫回転に要する期間を入れたとしても、販売により手元に現金が入ってくる時期が早いからである。だからよほどの巨額投資をしたり、膨大な不良在庫を抱え込まない限り、一般に製造業などと比べれば運転資金負担は軽く、成長局面では資金繰り上有利な業態とされてきた。
  • しかし、その小売業が資金繰りで困り始めた一つの理由が売上の伸び悩みだ。確かに売上が増加している局面では回転差資金も増えやすい一方、売上が伸び悩んだり減少したりすると、それまで自然に生まれていた資金余力も細くなる。そこで銀行からの借入金や株式市場からの資金調達(上場会社の場合)を試みようとしているのだが、これがなかなかに難しくなっており、それが取材の際の「資金調達の懸念」だ。
  • この背景はふたつある。一つは金利上昇、もうひとつは時価発行増資や転換社債発行などで資本市場から資金調達に対し、それらの引き受け手・買い手である投資家が否定的なことだ。まず前者の金利上昇はここで改めて触れるまでもないだろう。これを書いている時点での日本銀行の政策金利は1.0%で、6月の金融政策決定会合で0.75%から1.0%へ引き上げられ、さらに日銀自身も「今後も経済・物価情勢に応じて政策金利を引き上げる」と明記している。ありていに言えば、政策金利はさらに上昇する可能性が高い。さらに、国債市場の金利が10年国債で3.0%にまで上昇している。長期固定の企業借入や社債、固定型住宅ローンなどには長期金利の上昇が強く波及する。つまり、資金調達コストが上昇するリスクが高い。そして、物価が着実に上昇する中、この傾向がいつ止まるかとは予想するのは難しい。
  • 二つ目の資本市場からの「目」は少々厄介だ。基本的に企業が成長するために、将来収益がきちんと得られる投資に使うための増資や転換社債などの「エクイティ調達」は責められるべきでは無い。将来収益が得られるかどうかの「目利き」は買い手・引き受け手である投資家や、そこに助言をする証券アナリストに委ねられるが、資本市場からの調達を行う企業はその点に関してIRなどで丁寧に説明をするのが一般的だ。もちろん増資をすれば発行済株式数が増え、既存株主の持分や一株利益には希薄化圧力がかかる。しかし問題は希薄化の有無そのものではない。調達した資金を投じることで、希薄化を上回る利益成長と企業価値向上を実現できるかどうかである。本来、投資家が判断すべきなのはこちらのはずだ。
  • 日本企業全体が低成長になる中で、「収益を上げられる予定なのでエクイティ調達します」という言い分にすぐに同意できない投資家の気持ちもわからないではない。しかし、金利上昇によって、これまで安価だった銀行借入や社債による資金調達コストも上昇している。だから企業としては、借入だけを当然の選択肢とするのではなく、財務体質や投資内容、将来収益との関係を吟味しながら、株式市場からの調達も含めて最適な資本構成を考えなければならない。
  • とすれば、投資家や証券アナリストといった資本市場参加者が本来すべきなのは、企業が調達した資金を投じようとする事業が、将来の利益成長に寄与するかどうかを見極めることだ。ところが企業のIR担当者から聞こえてくるのは、「企業を動画ではなく、現在の一枚の静止画だけで評価されてしまう」という嘆きである。同じ事業が永遠に稼ぎ続けられることなど、まずない。だからこそ企業は、新しい事業に挑戦したり、事業構成を変えたりしながら、収益を上げ続けようとする。現在「優良企業」と呼ばれている企業も、最初から現在の姿だったわけではない。さまざまな難局を乗り越え、新規投資や事業転換を繰り返してきたからこそ、現在がある。だとすれば投資家が見るべきなのは、現在いくら儲かっているかだけではないはずだ。その企業がこれまで環境変化にどう対応し、どこに資本を投じ、新しい収益源を作ってきたのか。そして、その経営能力を考えたとき、今回の投資にも成功する蓋然性があるのか。そこまで含めて企業を見ることが、本来の「目利き」ではないだろうか。
  • もちろん、不確実性や危険を嫌い、同じ収益が得られるならば、リスクが低い方を選ぶ「リスク回避」は人間の常だ。しかし、それでは「今安全と思われている事業を永遠に続ける」ことが正しいことになり、上記で述べた「同じ事業が永遠に稼ぎ続けられることは、まず、無い」という常識と矛盾することになる。そこで証券アナリストや投資家の「目利き」という専門性が必要になるのだが、現在の収益や短期的な希薄化に評価が偏り、企業が将来のために何をしようとしているのかが十分に評価されないのであれば、そこに企業と資本市場との「すれ違い」が生じる。
  • ここで皮肉なのが、今年7月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードである。今回の改訂は、企業に成長への道筋を示し、設備投資や研究開発、人材などへの資源配分を説明し、その妥当性を継続的に検証することを求めている。つまり、本来の狙いは「成長投資の促進」だ。ところが企業が実際に成長投資のためのエクイティ調達をしようとすると、「希薄化するから駄目だ」という反応が先に立つのだとすれば、いささか奇妙なことになる。制度は企業に成長投資を求める一方、その資金調達を市場が許容しないというねじれが生じかねないからだ。
  • 銀行から借りようとすれば金利が上がり、株式市場から調達しようとすれば希薄化を嫌われる。となれば企業が最も安全に選べるのは、現在手元にある資金や、既存事業から生み出されるキャッシュの範囲内で投資することである。もちろん、それ自体は財務規律として間違っているわけではない。しかし、多くの企業が一斉にその行動を取れば、新規投資は細り、新しい事業に挑戦する企業も減っていく。企業一社一社にとっては合理的な「安全策」が、経済全体では成長力を削ぐことにもなりかねない。
  • つまりは、筆者が懸念するのは「これを突き進めると、『日本経済は縮小均衡』に向かうしかないのではないか?」ということである。もちろん平成バブル期のような安易な投資と上がらない投資収益を許せとは思わない。それが失われた30年という結果になって跳ね返ってきたことは共通認識だ。と言って、「羮に懲りて膾を吹く」ことが最も有効な道だとも思えない。答えは「投資するか、しないか」の二者択一ではなく、どのリスクを誰が引き受け、どの程度の収益を求めるのかというところにあるはずだ。それを広く理解することが今の経済界、産業界、金融界にとっては重要なのではないかと思うのだ。
  • 少なくとも、「今儲からない事業はさっさと売れ。資本市場からの資金調達なんて希薄化を起こすから一切駄目」という論調は、長期的には日本経済をより弱体化させるだけじゃないかと、取材でお話を伺う度に思う。正しい論理の理解と、誰がどれだけのリスクをとり、そのために何をしなければならないかを理解すること、この基本原則をもう一度考え直す時期に差し掛かっていると筆者は思っている。     (了)

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