• いつもは百貨店やスーパー、専門店などの流通業について書いているのに、何故にいきなり自動車ディーラー?、と驚かれるかもしれない。実は先日、若き同僚に自動車ディーラーの現状を聞く機会があったのだが、まるで流通業の栄枯盛衰の歴史とその理由、そして「こうすべきだったのではないか」というところがあまりにも似ていて驚いた。考えて見れば、証券アナリスト時代、自動車ディーラーは自動車産業のアナリストの担当分野では無く、流通産業のアナリストの担当だった。同じ耐久消費財の流通、似ているのは当然かもしれない。
  • 自動車ディーラーと言えば、1980年代までの多チャンネルが、1990年代以降に統合再編され、今はトヨタを中心に完全統合化が進んでいる。代表的なのは「トヨタモビリティ東京」だが、富山、新大阪、中京、滋賀など他地域でも起こっている。この背景を教科書的に言えば、1)販売台数が1990年代にピークアウトした自動車市場、2)それに伴う車種の削減とチャネル事の採算の悪化、3)電子化が進む自動車を検査するには「スパナとレンチとピットマンの経験」ではなく「車載ECUの診断機」という巨大投資が必要になったこと、だ。要するに、チャネルと販売店の乱立はコスパが悪い。単に自動車市場がピークアウトして、車種整理を行ったことに伴う多チャンネルが不要になったことに加えて、このアフターケアやメンテナンスにはディーラー統合が欠かせなかったという理由がある。
  • 一方、ディーラーの収益源は、メーカーから卸値で仕入れた自動車を小売するマージン10~15%だ。しかし、言い値で自動車を購入するユーザーは極めて少ない。過去に海外メーカーが日本市場に入る時に「ワンプライス」を売り物にしていた時代があったが、ことごとく失敗した。この値引き原資は、台数を多く販売した時にメーカーから供給される「数量リベート」、つまりインセンティブだ。一説によれば、このインセンティブはディーラー営業利益の30~50%にまで達するという。よって、このインセンティブ設計を上手にコントロールできる自動車メーカーが販売(ディーラー)管理まで含めて、高い収益を出すことができる。そして、この構造は家電量販店に酷似している。以前は営業外収益に計上されていた家電量販店もインセンティブキックバックの多くは、今は売上原価に内数として含まれているため開示されなくなったが、流通業界誌などの分析によるとリベートは家電量販店の営業利益のおおよそ50%以上を占めるという。

 

  • 問題はこのインセンティブが状況次第で変わる、ということだ。ディーラーであればメーカーの販売政策によって、車種別や地域別で細かく調整されるし。また、家電量販店は大盤振る舞いで数量リベートを出していた日本メーカーが家電製造から撤退した今、メインサプライヤーになりつつある海外メーカーは数量リベートに対しては渋い。とすれば、家電量販店が得られるインセンティブ・リベートはもっと厳しく管理されるようになるのではないだろうか。その場合、既に再編統合が進んできている家電量販店の更なる再編統合が進んでもおかしくないことは、自動車ディーラーの歴史が物語っている。
  • 市場規模が縮小すれば、コストを削減するのは当然だ。その「当然」を大胆にやり記憶に新しいのが日産自動車の「ゴーン改革」だろう。「聖域無き固定費の削減」と「アセットライトによるキャッシュの捻出」「中央主権的な流通効率化」による成功は多くの書籍になり、またケーススタディとしてビジネススクールのテキストなどになっている。ディーラー政策で言えば、ルノーとの提携時(1999年)に日産・モーター・サニー・プリンス・チェリーの五つの販売チャネルを「レッドステージ」と「ブルーステージ」の二つに集約していたが、ゴーン氏はまずこの二つのチャネルの固定費関連部分を統合化し、やがて「全車種併売化」した。また、各ディーラーを販売会社と資産管理会社(土地など)に分離し、全国の資産管理会社を中間持株会社の傘下に統合し、ディーラー自体も「アセットライト」経営できるようにした。このことは、いまだに混在する流通業(特に小売業)の土地を「持つ経営か」「持たざる経営か」という命題に対して、ゴーン改革で既に解答を出しているように思える。
  • しかし、筆者が一番興味を持っているのは、「販売チャネルの統合化がユーザーのLTVと顧客満足度を充足する方策だったのか」という逆説的な視点だ。
  • 確かに販売チャネルの統合で自動車産業は、市場規模のピークアウトにもかかわらず、まだ日本の基幹産業として君臨している。しかしながら、ユーザーとして言えば自動車を買うこと・保有することは以前に比べて「格段につまらなく」なった。まず販売チャネル整理の背景でもある車種の絞り込みは、単に選ぶ楽しさをなくしただけでなく、「姉妹車」と呼ばれるプラットフォームは同じながらも販売チャネルが違うだけの車種が絞り込まれたことで、価格交渉や値引き交渉、それに伴うディーラーとコミュニケーションする楽しみを奪った。オッサンの思い出話になるが、トヨタのマークII・クレスタ・チェイサー、カローラ・スプリンター、日産セドリック・グロリア、シルビア・ガゼールなどなどを違うディーラーで見積もりして貰って「あちらはこれだけの価格だが、こちらの条件は?」と一日で数軒のディーラーを回って競合させるのは、耐久消費財という大きな買い物をする「楽しさ」を増幅していた(「月刊自家用車」の「X氏の値引き大作戦」はクルマ好きの人気記事)。
  • ここまで書くと現代では「それってカスタマー・ハラスメントじゃないですか」と叱られるかもしれないが、どんなビジネスでも駆け引きは基本であり、それが高価な自動車を「買う」という満足度・面白さ・イベント性を上げていたことは事実だ。ある意味では「カーシェアリング」の台頭は「買う・保有する」という喜びをそぎ落とし、自動車を単なる「移動するためのツール」としてしか見なくなった結果であるかもしれない。しかし、「高価な耐久消費財を検討して買う喜びは、1本100円の大根を買うのとは違う」。自動車から「所有の喜び・買う喜び」を除外することは、長期的には自動車というプロダクツやブランドからの離反、つまりはLTVの崩壊を招く。それが果たして自動車産業にとってプラスなのかは不透明だ。
  • かつてホンダは、「プリモ(シビックなどの大衆車)」「クリオ(レジェンドなどの高級車)」「ベルノ(プレリュードなどのスポーツ車)」の3チャンネルを持っていた。それを小売業に手荒し会わせれば、「プリモ=GMSやSM」「クリオ=百貨店」「ベルノ=ブランドショップ」、だったのではないか。そしてGMSと百貨店とブランドショップでそれぞれルイヴィトンのバッグは変えるが、GMSは並行輸入品テナント、百貨店は特選品フロア、ブランドショップは路面店の正規品店という違いがある。当然、入店して購入する時の喜びは全く違うものだ。
  • 最後にふと思うのが、自動車整備工場で販売している「新車」だ。自動車は必ずしもディーラーだけで買うものではない。自動車整備工場経由でも購入することができる。華やかなディーラーのショールームと地味な自動車整備工場の事務所は対照的。しかし、クルマ好きはディーラーで買うよりも自動車整備工場から購入する方が、メリットが多いことを知っている。なにせ自動車整備工場だから、ちょっとした故障や違和感、トラブル、相談には親身に乗ってくれる。しかも値引き交渉も整備工場経由が融通が利くケースが多い。欠点は取扱車種が少ないこと、くらいだ。
  • これは巨大な家電量販店と「町の電気屋さん」の関係に似ている。以前は商店街などにたくさんあった「町の電気屋さん」だが、大幅にその数は減っている。しかし、下町の商店街(もしくは以前商店街だった通り)などを歩くと、ポツンといまなお存在しているのはよく見るところだ。その店構えはひっそりしていて、おおよそ顧客が買い物に来ている姿を見たことがない。それはそうだ。彼らのメイン顧客は地域住民、特に高齢層だ。家では様々なトラブルが起こる。戸建ての吹き抜け玄関の照明電球、乾電池が古くなって開かなくなったカード式玄関施錠システム、突然壊れる洗濯機など、工具も用具も知識もない素人では対処できないトラブル。ましてや、高齢者にとってこれらの問題は難義だ。しかし、「町の電気屋」ならば電話一本すれば、軽バンで乗り付けてこれらの問題を解決してくれる。価格は?、家電量販店ほど安くはない。しかし、店員が電気工事免許を持っているこれらの店はモノさえあれば即日交換も可能だ。今年も酷暑だが、今エアコン取り付けを依頼しても、多分2~4週間先になるだろう。しかし、朝に「エアコン壊れちゃった」と言えば、その日の夜には新しいエアコンが取り付け完了させることができるのも「町の電気屋さん」の強みだ。
  • 顧客満足度・LTVは必ずしも企業側の効率性の都合とは一致しない。しかし、全く相反するものでもない。それらを共存させることにBtoCビジネスの面白さがある。若き同僚のディーラーの話を聞いて、そんなことをふと思った。

(了)

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